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四代将軍とも  作者: 山田靖
ーあとがきー
81/83

14.

 歌人・椎内侍しいのないしは、久御山の小さな庵を訪れた。


 椎内侍は民部卿・藤原忠則ふじわらのただのりの娘。奔放な愛欲を大胆に描写、「情熱の歌人」と評された。この春、父忠則が亡くなった。優しく不器用なひとであった。

「あれは歌です、創りごと。真はそのような”ふしだら”ではござらぬ」

 父は何時もドギマギしつつ娘の為に弁明してくれた。およそ恋愛には縁のないひとと思っていた。ところが、母によれば何と何と三十年前「都を揺るがす大騒動」の主役!あの四代将軍に恋慕、叶わぬとみるや水銀を呑んだ。幸い命は取止め、将軍様直々のお見舞いに感激して全快。あらあら!その後、母と出会い、椎内侍が生まれる。不思議な因縁。椎内侍は父が好きだった。この純情な父の「淡い恋物語」を残そうと思い立った。

 当時を知る者は・・・「おひとり、いらっしゃいます」


 藤原郁子ふじわらいくこは乱後、逃避行の末に落飾。養母・卿ノ局とも絶縁、世俗一切の関わりを捨てた。法名は当人の希望で桂香けいきょう。齢十四であった。理由は判らない。あれから長い年月が過ぎた。郁・桂香はこの古ぼけた庵に静かに暮らしている。

 普段ひとを遠ざけている桂香だが、何の気まぐれ、椎内侍の面会に応じた。今をときめく「情熱の歌人」に興味を持ったのかもしれない。


 桂香藤原郁子は醜く老いさばられていた。まだ五十にも間があるというに、髪は抜け落ち腰は曲がり視力も落ちている。伝え聞く“絶世の美少女”の面影は微塵もない。椎内侍は少なからず衝撃を受けた。何が、どんな苦難が、彼女をここまで変えてしまったか?

 椎内侍は、源朝子について尋ねた。

「何も話すことはありません」

 にべもない。椎内侍は、桂香の記憶が薄れていると思った。あの輝いた日々が忘却の彼方とは・・・

「四代将軍様は満都の人気を浚ったそうですね。貴賤問わず、誰からも愛された方と伺っております」

「四代将軍が・・・誰からも愛された?」

 桂香は一寸考え込むように首を傾げた。

 そうよの、四代将軍の人気は空前絶後にして天下無双!狭い宮中のみで評判の貴女とは比べものになりません。

 桂香は顔を上げると楽し気に語った。

「源朝子は”化け物“です。背中にウロコが生えていました」

「?!」椎内侍は己が耳を疑う。「今、何と・・・」

 くすっ!本人がそう申したのですよ。

「嘘つき、我儘、傲慢、品性下劣!・・・そうそう、画技が殊の外ヘタでありましたな」

 桂香はうっすらと微笑んだ。


 驚いておられるの。意外でしたか?涙のひとつも零し「お慕いしておりました」と申すとでも?ご期待に沿えず、すみませんな。郁はあの方が嫌いでした。・・・アレは泥棒です。郁から梓様を盗りました。

あの女が書いた「物語」をご存知でしょう。全部、嘘ですよ、嘘!自分だけいい気になって。冒頭で梓様は、源ともの身代わりとなって死ぬ。この”桂香”は、あの女が梓様に勝手につけたものなのですよ。だから郁が戴きました。密かに想いを寄せていた秀澄殿に至っては盗賊にされた。梓様も秀澄殿もあれほど尽くされたのに酷いではありませぬか。挙句、大乱では巻き添えで、梓様・秀澄殿は真っ先に殺された。郁の、郁の、大好きなひとをことごとく奪い、ぞんざいに扱った。絶対に許しません。・・・あの女は悪魔です。


「冷えてきましたの。ほな」

 唖然とする椎内侍に軽く会釈し、桂香はのろのろと席を立った。


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