八、四代将軍源とも、怪物鵺退治!
帝は御年六つになられる。生母は、左大臣・九条道家の娘、竴子。聡明で健やかにお育ちである。ところがここ数日、微熱が続き夜泣きが激しい。薬師は首を捻った。
「何ぞ、祟っておるかもしれません」
そこで陰陽師が呼ばれたが、門に入るなり卒倒して死んだ。いよいよ物の怪の仕業である。
南都の高僧、快福が霊視し驚愕。内裏に巨大な黒雲がとぐろを巻くように絡みついている。大掛かりな加持祈祷が行われたが調伏できず、逆にバタバタと護持僧は倒れていく。北面の武士が黒雲に雨あられと矢を射込むものの、吸い込まれるばかり。その間にも帝の病状は日に日に重篤。
万策尽きた快福は、四代将軍の名を思い出した。四代将軍源ともは「春香」の法名を持つ出家。かつ、鞍馬で密教の修行をしたとの専らの噂。物の怪には、かえって女子のほうが霊験あらたかやもしれぬ。快福の奏上に、院は藁をも縋る想いで六波羅に使いを出す。
かくて四代将軍源とも、妖怪退治にご出馬とあいなった。
ともは鎧兜を着用しない。衆目に生身を曝け出す。それがかえって、堂々とした将たる威容を印象づける。この時も、常の水干直垂のまま進んだ。しかし、とも、御所に近づくにつれ頭痛が酷くなる。これ程、禍々(まがまが)しい気配は感じたことがない。ともは内裏の周辺に篝火を焚かせた。そして己の髪を切って火中に放り込む。火の粉が舞い、灯りに照らされ浮かび上がる黒雲。その中にぼっかりと火の玉が二つ浮かび上ががる。何と、面妖な!兵達は太鼓を打ち、鬨の声!ともが九字を切って呪文をとなえると、二つの火の玉は凄まじい速度で中空をグルグル回り、パッと弾けた。真の闇!やがて火球が爆発!
その炎の中に浮かび上がったものは、猿の顔・虎の胴・蛇の尾を持つ妖怪、鵺!しかも巨大であった。内裏の屋根いっぱいに四肢を張り、ヒューヒューという轟音は鳴き声か。邪悪な眼はランランと燃え盛り周囲を威嚇する。
「おのれ、怪物!正体を現したか」
ここぞとばかり、ともは弓を手に満月の如く引き絞る。ひょうふっと放てば矢は狙いを違わずビシと鵺の右目を貫いたり!ぎゃぁあああという断末魔とともにパッと鵺の姿が消えた。黒雲はヒュルヒュルとぐろを解き、天に吸い込まれるように消えていった。後には何事もなかったかのような静寂、満天の星空。その下の黒く焦げた草原に、まだ炎を帯びた隕石が転がっていた。程なく帝の熱は引き、みるみる回復なされた。
後日、御所内を改めると古い蔵に南蛮渡来の掛け軸が真っ二つ。「捨身飼虎」仏陀と虎が描かれていたが、どうも様子が違う。見れば仏陀ではない。悪魔が描かれている。その証拠、目が邪悪であった。悪魔が虎と掛け軸から抜け合体し鵺と化したのだ。虎の右目は矢傷があり血が噴出ている。
さてさて、恐ろしき、執念じゃなあーっ!
掛け軸は快福によって封印された。今も南都に厳重に保管されている。一方、現場に残された隕石は、備前の刀工・一文字則宗によって刀に鍛えられた。院はこれに菊の紋章を許し、ともに下賜。
「四代将軍の鵺退治!」は瞬く間に都中に轟いた。悪魔をも粉砕した驚くべき法力。ともの異名「虎眼姫」由来の一席であります。
すっかりお元気になられた帝は、ともが大層お気に入り。何ともはや求婚までなされた。流石に、ともは大層恐縮「十以上も年増でございますから・・・」冷や汗かいて退出。
天下無双の四代将軍も、お天子様には敵わない。