12.
雲水は但馬国山間の集落に足を踏み入れた。
誰もいない。皆、何処へ行ったのか?家屋は朽ち、田畑は荒廃していた。打ち壊し、焼け焦げた跡。ただならぬ気配。頭が痛い。目眩がする。首筋のあたりが冷っとした。成仏しきれない霊魂が騒めいているようだ。嫌な予感しかしない。ここで何があったのだろう?禍々しい風が吹いている。これは死臭だ。地獄!地獄がここにあった。
恐ろしいことだが、骸が道端に転がる光景に最早、麻痺し慣れてしまった。そう、ここだけではない。この国の至るところで、阿鼻叫喚が繰り広げられている。無論、こうした惨状は隠されてきた。だが、腐臭は否応なく伝わってくるのだ。地方ばかりでなく都も随分生活が苦しくなってきた。皆、自分が喰うことが精一杯で、他者を慮る暇はない。
ひとを救うが仏の道ではなかったか。北嶺南都の高僧とやらは何をしておるのだ!世は末法である。天は我等を見放したか。どれだけ、どれだけ、ひとが死ねば許されるのだろう。
雲水は念仏を唱えながら村内をゆっくりと廻った。
潰れかかった小屋がある。何気なく中をを覗いて雲水はギョッとした。誰か寝ている。目を凝らせば、白骨化した赤子を抱いた母親の木乃伊であった。雲水は慌てて瞑目し合掌する。
ふと、物音がした。「?!」隅の方にひと、ひとがいる!生きている!女か?十三、四の子供のようだ・・・少女は骨と皮だけで、背中を丸め膝を抱き顎を載せてうずくまっていた。雲水は、驚かさぬよう、できるだけ静かに優しく、問いかけた。
「食べて・・・ないのか?」
しかし、少女は何の反応も示さない。大きな瞳には何も映っていなかった。表情にも変化はなく、怯えるような仕草もみせない。心を失っている。・・・この娘は何を視てきたのだろう。この屍は家族だろうか。いつからこうしているのだろう。
あいつに似ている、と雲水は思った。そしてゆっくりと近づき、少女を抱き上げた。恐ろしく軽い。
「儂は瑞光という。・・・一緒に来るか?」
少女はビクッと震えた。眼を見開き「あ・・・」言葉にならない。感情が一度に込み上げてきたのだろう。顔を歪めて大きく何度も頷いた。
瑞光は少女を連れ、何処ともなく立ち去った。




