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「源とも物語」が、琵琶法師・顕弁によって謡われたのは、それからまもなくのことである。
「源とも物語」は源朝子の伝記ではない。物語と事実は一致していない。故人や架空の人物、物の怪・怨霊も登場。辻褄の合わない記述、不自然な欠落、唐突な展開も見られる。粗筋は「平家物語」を模倣、伝承や説話も参照している。例えば、清盛や静御前の逸話を換骨奪胎、都合よく取り入れている。「源とも」は徹底的に脚色美化され正義!方や対立する北條は不義!と必要以上に貶められた。この為、幕府によって即座に禁演。顕弁は罰せられた。しかし、この「源氏が善、平氏は悪」の印象操作による刷り込みは、現在に至るまで多大な影響を及ぼすことになる。
「源とも物語」は抹殺されたが、写本等で伝えられ後年、多くの異本が創作された。その中には、源ともが乱後も生き延びていたとする物語もある。また時代が下がると、唐天竺はおろか「竜宮」「月世界」「地獄極楽」及び過去未来など異世界・異次元で活躍といった荒唐無稽な内容になっていく。
現存する「物語」の、どこまでが源朝子作であるかは判っていない。
源朝子は自身を九郎判官義経になぞらえていた。そのため源朝子と源義経の逸話は、しばしば重複している。それ故の誤認は、朝子在世当時からもあった。年月と共に両者はますます混同され、区別がつかなくなってゆく。また、故意にそうさせる勢力もあった。やがて伝説は義経のものに統一されていく。源朝子の名は意図的に消された。
源朝子は歴史の闇に埋もれた。




