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四代将軍とも  作者: 山田靖
ーあとがきー
76/83

9.

 かつての「権勢の女」卿ノ局も没落し惨めな晩年となった。

「公家と武家が手を携えて新しい世を創ろう」と誓ったはずの盟友北條政子は、卿ノ局に一顧だにしない。

 世間から忘れられ訪れる者のない邸で、卿ノ局は日がな一日ぼんやりと過ごすことが多くなった。傍にはもう、古くから仕えている藤原聡子ふじわらさとこしか残っていない。最早卿ノ局は、聡との昔話にのみ生きていた。あの頃は・・・夢のようであった。聡は慎重に話題を選んだ。華やかな「二位様」全盛のみを語った。


 実は聡は早い段階で、源朝子が頼朝公の胤でないことを見抜いていた。

 齢が合わぬ、どう取り繕っても。身体も、心も、何もかも。確かに驚く程お上手ではあります。が、難しいですね、出来過ぎというのも。殿方は騙せても・・・聡には無理ですよ。  

 決定的だったのは、朝子が干支を間違えたこと。頼朝公が没したのは建久十年。改元して正治、干支は己未つちのとひつじ。その二月ですぞ。朝子の誕生は、どんなに遅くともこの年までだ。それを朝子は甲子きのえねと言ってしまった。即座にマズイ!と思ったのだろう、「じゃなくてヒツジ」と直した。朝子は聡に気づいたが、フッと目をそらした。

 ボロが出ましたな。朝様らしくもない。まだ「知らない」方が良かったですね。干支は間違えようがありません。まして甲子!建仁、いや元久ではありませぬか。五年も過ぎていますな。ネズミは一体、どなたですか?

 しかし、聡は己の胸に留めておいた。貴族社会で生きてきた聡だが、還暦を過ぎ少々疲れた。伝統や血統への信仰が揺らいでいる。六波羅で下々と接して、目から鱗が落ちた。皆、ひとであった。喜び、悲しみ、怒り・・・何ら変わりはない。むしろ御簾の奥に隠れている者共より余程、感受性が豊かであった。この齢になるまで、気づかなんだとは。

 朝子が赤の他人であるなら「四代将軍」にしてしまった朝廷が恥を晒すだけだ。そもそも、幕府・北條への当てつけなのだから、ニセモノのほうが面白いではないか。ならばいっそ、想像を絶する出自の朝子に、天下を攪乱してもらいたかった。

 いや、後付けの理屈はよそう。聡は朝子が好きだったのだ。騙されても裏切られても、尚。だから許した。それだけ。・・・世の善悪なんてものは、結局ひとの好き嫌いで決まるものだ。

 気になることがひとつ・・・「梓殿は何時、知ったのだろう?」


 ある日、唐突に卿ノ局から「源朝子」の名が出た。

 聡は困惑した。やはり今の窮状のそもそもと、恨んでおいでなのか。だが、そうではなかった。卿ノ局は懐かしく、朝子を回想した。それこそ、朝子が初めて二条の邸を訪れた日から、克明に。聡も語った。あの行列、六波羅での日々、祇園御霊会・・・思い出話に熱が入った。朝子が民部大輔・藤原忠則ふじわらのただのりを振るために坊主頭になったくだりで、とうとう堪りかね、二人で手を取り合い涙を流して大笑いした。何年振りであろう。笑ったことも・・・涙を流したことも・・・


 翌日、卿ノ局は、聡から膨大な紙の束を渡された。何であろう?訝りながら目を通す。

「これは、まあ!」

 源朝子の筆であった。そう六波羅で、朝子が暇さえあれば「私室」に籠り、ひたすら書き綴っていたもの。詩文ではない。日記でも自伝でもない。


 「源とも」なる女主人公が、八面六臂の活躍する物語!


 卿ノ局も出てくる。聡も梓も郁もいる。院や二位法印も。左大臣や北條は敵役だ。おやおや、ぬえ退治に海賊征伐とか、アナタの何処にそんな元気がありまして?そうですか、天竺に渡ったのですね・・・

 読み進むうち、やがて寝食も忘れて没頭した。何度も何度も繰り返し読んだ。


 卿ノ局と聡は二人で「物語」を整えていった。ああでもない、こうでもないと、楽し気にいつまでも議論に熱中した。



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