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四代将軍とも  作者: 山田靖
ーあとがきー
75/83

8.

「頼朝公ご落胤、源朝子とは真っ赤な偽り。まこと、その正体は出雲の巫女“たま”である。将軍家はおろか源氏とも一切係りはない。巫女たまに狐が憑いて妄言を吐いたに過ぎぬ」


 幕府は再三布告した。しかし効果がない。どこから出雲の巫女がでてきたのか。狐憑き?あまりにも荒唐無稽ではないか。


 幕府が一部で囁かれていた「四代将軍源朝子、実は田楽一座の女芸人“玉”」を主張しなかったのは何故だろう?少なくも「出雲の巫女」よりは余程根拠があった。

 京都守護・伊賀光季は、ほとんど真に迫っていた。証拠を固めいざ、その時に事件が起きた。後の大乱で光季は討死。京都守護も解体された。

 幕府は「踊り子“玉”」を闇に葬った。

 卑賎の芸人如きに、幕府はおろか朝廷までも手玉にとられ騙された、と認めたくなかったかもしれない。それとも、芸人よりは巫女のほうが幾らかマシ、とでも考えたか。


 京都大番役・石垣吉圀いしがきよしくには乱前後の緊迫した京を詳細に記録していた。源朝子についても実地に検分している。彼の著書「洛中覚書らくちゅうおぼえがき」には真実が記されていた。だが六波羅探題北條泰時は、これを黙殺。石垣は都を追われた。奇書「洛中覚書」は散逸したが、驚愕の内容は後に「六波羅奇譚ろくはらきたん」等の種本となった。


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