5.
再び京は武士が跋扈し蹂躙する、暗黒の都となった。毎日毎日、誰かが斬られる。様々な布告や禁令が出され、弾圧された。ひとびとから笑顔が消えた。都からは、かつての華やかさはすっかり影を潜めてしまった。
幕府による朝廷方残党狩りは執拗に続いた。この際、二度と反抗できぬよう、敵を、敵になりうる可能性までも、総て殲滅するつもりであった。
北條泰時は、六波羅の四代将軍屋敷跡に入った。この地に探題を設置。以後、京での拠点となる。
泰時は都の支配者であった。最早、憚るものなぞない。禁裏ですら、だ。その姿は、この屋敷の元々の主・平大相国清盛を彷彿させた。泰時は満足であった。
「六波羅は天下の主に相応しい館である。そこに在るべきは、正当な継承者たる、平氏北條でなければならぬ。本来の姿に戻ったのだ」
泰時が屋敷内の庭を散策中、突如、厩の影から何者かが躍り出た。小柄な男が泰時に体当たり。刃物で左の乳の下ををえぐった。刃先が肋骨を砕いたが、僅かに心の臓には達せず。しかし、引き抜くや夥しい血潮が噴出。
「ぎゃあぁぁぁ」泰時は転げ回って逃げた。賊は飛びかかって馬乗り、奇声を発し二の太刀、三の太刀を滅茶苦茶に浴せる。この期に及んで、ようやく変事に駆けつけた家人達が、暴漢を泰時から引き剥した。
捕えられた男は「カブト」と怒鳴った。見ればかつて源朝子の家人であった西面の武士・佐々木広綱ではないか!そして刃傷に及んだ業物は何と、あの菊一文字則宗であった。
広綱は不敵に笑う。
「俺はカブトだ。山賊さ。佐々木広綱なんぞ知らねぇ。誰だ?そりゃ。西面の武士?知らん!俺は、朝様を妻・・・じゃねぇや、嬶にするつもりだった。何でって?惚れてたからさ。俺はチビだし頭が悪いから、朝様とあまり話せなんだ。俺は、朝様の弟に似てるんだぞ。朝様に弟なんかいる訳ない。俺は、朝様の冗談が判らなかった。間抜けな返事しかできんかった。・・・秀澄なら気の利いたこと言えるんだろうなぁ。手の届かないひとだったよ。あっ、一度だけ手を握ったぞ!心配だからってな、ぎゅっと握ってくれたんだ。朝様の手は、小さくて、柔らかで、温ったかく、いい匂い・・・羨ましいだろ?・・・とにかく、嬶の仇討ちだ。止めを刺せなかったのが残念無念!でもまぁ、天下の北條泰時に一泡吹かせたからな、以て瞑すべしか。・・・さっさと首を刎ねろ!」
広綱は誇らしげに左手をかざした。手負いの泰時は痛みに耐えながらも自ら尋問に当たった。血の気が失せ青ざめている。怒りに震えながら「左様か」とのみ呟いた。
望み通り、佐々木広綱、「山賊カブト」として火炙り。
しかし、泰時が負った傷は思いの外深手であった。この傷が元で、泰時は命を縮めることとなる。




