七、四代将軍源とも、漆黒ノ闇ヲ切リ裂ク!
洛中を恐怖のどん底に陥れた悪党がいた。
「源三郎」この巫山戯たような名乗り。神出鬼没、悪辣非道の限りを尽くす。狙った獲物は逃さない。連日連夜、人家へ押し入り、住民を殺して金品を奪う。女は手籠めにして殺す。赤子でも容赦なく殺す。蛇蝎のような冷血漢。それでいて生き残った目撃者によれば、容姿端麗・秀麗眉目。更に現場に朝廷や幕府を揶揄する落書を残すなど、残酷と諧謔が入り混じった狂気!何を仕出かすか判らない不気味さが一層、ひとびとを震え上がらせた。
検非違使が血眼になって追っているが、一向手掛りがない。「源」というからには何かしら関係があるのではないか?幕府の回し者では?だからわざと捕えないのでは?京都守護伊賀光季は、あらぬ疑いに窮地に陥っている。
「源の名を騙るとは許せん」
四代将軍源とも様御自ら、捕縛に乗り出す次第。
西面の武士・藤原秀澄は極秘で警固を命ぜられた。
此度、新将軍就任の祝いとして、奥州より砂金が献上される。しかし、源三郎なる賊には用心せねばなるまい。裏をかき、夜半に六波羅に搬入する。秀澄は、同役・司馬実と前後を固めるのだ。
はん、姑息な。秀澄は鼻で笑った。そもそもが、女の”四代将軍”だと?馬鹿馬鹿しい。世も末だ。
献上の使者は二名。砂金は馬に積んでいる。本隊は明日、京に入るという。そんな子供騙しで、源三郎様から逃れられるか。
五条大橋へかかった時、先導していた秀澄はいきなり刀を抜き馬子に切りかかった。が、馬子は素早く身を翻すと、周りの使者や同役が一斉に襲い掛かってきた。
「源三郎、神妙にしろ!」
しまった!罠だった。
秀澄こと源三郎は、初めて後手に回った。慌てたものの、捕り方は馬子も入れて四人。司馬の力量は判っている。弓はそこそこ引けるが、取るに足りない。おそらく人など斬ったことはなかろう。
囲まれてはいるが、源三郎は余裕が出てきた。さすがに全員は斬れないか。特にあの馬子は侮れない。それに正体がバレては高飛びせねばなるまい。そのためにはと、馬に括りつけてあった砂金の袋をもぎ取った。ところが中から出てきたのは・・・砂!砂砂砂・・・ただの砂だ!
「おのれ、謀ったなっ」
源三郎、逆上!こうなったら此奴等まとめてズタズタに切り刻んで、六波羅の門前にぶちまけてやるっ!源三郎の口元が妖しく歪んだ。
すぅーっと雲が切れて月がでた。どこやらから笛の音が聞こえてくる。何だ?源三郎が振り向いた先、五条大橋の欄干の上をゆったりと滑るように進んでくる影。垂髪、化粧をし、煌びやかな水干に一本歯の下駄・・・白拍子?影は笛を止めると、源三郎を見下ろした。
「西面の武士でありながら、罪なき人を殺め金品を奪う大悪人。四代将軍源ともが成敗してくれる!」
「なにおうっ!」
たかが女子ではないか。四代将軍?源とも、だとぉ?巫山戯るな!
その刹那、仁王立ちになった源三郎の体に左右から刀が突き刺された。馬子と使者に扮した、英次とコウケツであった。「抜かった!」源三郎は思わず天を見上げる。間髪入れず、白拍子が欄干から舞い上がる。白拍子は、宙返りして空中で反転し月に重なり影絵に映った。次の瞬間、極彩色の衣から振りかざした鋭利な刃が、源三郎の心の蔵を正確に刺し貫いた。
怪盗源三郎、誅殺!
満都は沸騰!王城の地を震撼させた源三郎の正体は、何と何と西面の武士藤原秀澄!殺人狂は、評判の美青年貴族であった。そしてそれを見破り見事懲罰せしは、四代将軍源とも!
都人は一発で、この新しい六波羅の主を迎い入れた。この娘こそが将軍家の跡継ぎ、四代将軍に相応しい。正義は、源ともにありと確信!そして、惚れた。恥ずかしながら惚れた。惚れた、惚れた、惚れたーっ!ひとびとは熱狂的に、四代将軍を支持した。
四大将軍源ともは京において絶大な人気を博したが、源三郎事件はその嚆矢と云えよう。