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四代将軍とも  作者: 山田靖
春香のはなし
65/83

十一、

 春香は荷の中から一通の文を取り出した。芝居の小道具だ。懐かしいな。「常盤御前ときわごぜん」のときのもの。「操を捨てて操を立てる」か、いいね。

 これは上総御曹司かずさのおんぞうし源義朝みなもとのよしともが常盤御前に宛てた恋文だったが、署名花押が「頼朝」になっている。瑞光がウッカリ間違えた。


「しまったぁ!」

「いいよ。別に間違ってても。見物衆に見えるわけでなし」

「いや、儂が得心できんのだ」

 瑞光は「敦盛あつもり」のとき熊谷直実くまがいなおざね、「牛若丸」では弁慶として共演。玉によく声をかける。

 うーん、でもいい出来だ。捨てるのは惜しいから玉にやろう。どうだ、頼朝が父親の愛人に宛てた恋文だぞ。これは貴重品だ。

 ・・・文なぞ男だろうが女だろうが、筆の大小と強弱で簡単に書ける。ぐにゃぐにゃ書いてあるだけなんだぞ。なに、判りはせんよ。そりゃ、並べて仔細に比べられたら駄目だがな。文がきたら先ず、読むだろ?気になるのは中身だよ。結果を知りたい。諾か?否か?ってな。ひとは己の望む答えを求めるもの。待ってるんだよ。だから文を読むときは皆、上の空なんだ。筆使いとか、文章のクセなんて気がつくもんか。それにな、ひとは誰しも、己は賢いと思っている。自分だけは騙されるはずがないとな。偉いさんなんか、特にそうだ。だからイチコロ!

 ただな、と瑞光は目を光らせた。

「花押は無理だ。花押だけは本人じゃなきゃ書けない。他人では似せられぬ。すぐバレる。だからちゃんとした公文書には花押を入れるんだよ」

 ところがだ、筆の天才である瑞光様はそのマネできない花押が書ける。清盛のだって頼朝のだってソックリに書けるぞ。瑞光はいたずらっぽく笑った。

 そんなものかと、玉は文を眺めていたが、

「それよりトキワ御前って“常盤じょうばん”じゃないの?“とき”になってるけど?」

「そこが瑞光名人と素人との差だ。儂は芸が細かいからな。ちゃんと調べはついてる。どっちも”トキワ”と読む。“常盤”は宮中での名、公式というか表向きだな。内々は“とき葉”。使い分けてたんだよ。風流人の義朝公は、わざわざ“とき葉”と文に記していた。“とき葉”は義朝だけの女なのさ。名を変えると気分も変わる。別人格になれる。玉も舞台ではそうだろ?まして、その名は愛する者とだけ使う。秘密を共有するんだな。だから“とき葉”なんだよ。どうだ、可愛いだろ?」




                        




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