九、
玉は孤独であった。常に周りに大勢ひとはいたが、皆大人である。玉の人生に、年下は存在しない。玉は常に下っ端。いつもひとりぼっちだった。なので、玉はひとりで遊ぶ。玉は、自分ひとり用に「春香」という名をつけた。「はるか」と読む。好きな字をふたつ並べただけだ。玉は、ひとりのとき「春香」になった。舞台で役に成り切るように、名を変えると気分も変わる。別のひとになったようだ。「玉」というのは一座の名というか、表向き。「春香」が本当の自分なんだ。春香は誰にも内緒・・・
春香は空想する。
春香は、実は帝と京の白拍子との禁断の愛の結晶であった。悪い関白が恋路を邪魔し、春香の命まで狙われる。春香は鞍馬山に隠れ、天狗や仙人より文武の修行を授かる。ところが見つかってしまい襲撃される。間一髪脱出したが、大切な親友を失ってしまうのだ。春香は泣きながら友に誓う。この仇はきっと討つぞ!逃げてきた桜の木の下で偶然、善人の大納言と出会って正体を明かす。帝は今、悪い関白や卑怯な幕府に苦しめられていた。春香は颯爽と帝にお味方して、こいつらをやっつける。それから春香は大活躍だ。山賊海賊を滅ぼし、大泥棒を捕まえた。鵺や九尾の狐を退治して都に平和をもたらすんだ。だけど、帝の奥さんが、葉月みたいな意地悪な女で、春香の悪口を言いふらす。とうとう春香は二万の敵に囲まれて絶体絶命。砦には九人しかいない。春香は降伏を拒否して砦に火を放った。死んだと思われた春香だったが、然にあらず。敵を欺き抜け穴から脱出。蝦夷から唐天竺へ渡っていたのだ。革命を起こし遂に春香は自分の国「天ノ国」を建てる。天ノ国は平和で豊かな国だ。争いもなく泥棒もいない。誰もが食べるものがあって、屋根があって安心して眠れる。「天ノ国」は末永く繁栄した・・・・
玉は、ひとりぼっちだが、春香には友達や弟がいた。でも死んじゃうんだ。玉は友達がいないので、どうやって遊んだらいいか判らない。だから死んだことにしちゃう。好きな者ほど無残な死に方をする。玉は、春香の死んだ友達や弟を思って本気で涙する。で、仇討ちだ。また春香は、幾度となく窮地に陥る。何時も少人数で大軍に囲まれるんだ。その時春香は慌てず騒がず、火を放って炎の中を脱出するのだ。毎回、これだな。玉は自分でも可笑しかった。火事が好きなのかな。全部燃やしてなくなってしまえ!と、どこかで願っているのかもしれない。
「春香の物語」を見せたら、藤勢や先生は何て言ってくれるかな?
「全然駄目だ、使えない。自分だけで喜んでちゃいけない」
そんなとこだろうなぁ。




