五、
一座は解散。結局バラバラになってしまった。一癖も二癖もある連中は、勘介だからこそ纏まっていた。玉もひとりで昌恵を頼る。
前の晩はさずがに皆、泣いた。これまで「芸能」の理念に燃え起居を共にしてきた。喧嘩口論しても同志であったのだ。おそらくもう二度と、この世で会うことはないだろう。誰もが別れの寂しさと将来の不安で、胸が張り裂けそうであった。
玉は、皆から選別を貰った。
笙が僧衣を誂えてくれた。「祇王妓女」の芝居で使ったのを直した。
「まだ弟子にして貰えるか判らんのに・・・」
「物事は先ず、形から入るもんだよ。これだけの覚悟です、って言ったら相手も断れないさ。後で髪もちょっと切ってやろう」
それから「内緒」と金を余分にくれた。笙は解散を宣言してから、玉にめっきり優しくなった。これまで玉は、笙に怒られてばかりいた。今更、困惑しかない。慣れなくて、照れくさくて、嬉しくて、玉は俯いたままだった。
コウケツは印篭に何か彫ってやろうと言った。
玉は、コウケツが細工しているのを眺めるのが好きだった。何の変哲もない石や木片がみるみる形になっていく。無口なコウケツの作業を、玉は膝を抱えてその上に顎を乗せ黙って観ている。当初コウケツは変な顔をしていたが、そのうち慣れた。出来上がると玉に見せてくれる。玉はニッコリ笑うのだ。それもこれで最後だ。
「強そうなの」と玉が頼むと、コウケツは源氏の笹竜胆を見事に刻んだ。
藤勢からは白粉。瑞光からは書道具一式と、貴重な紙を沢山。舞台の衣装や小道具を、皆が寄って集ってあれもこれもと積み上げた。
「こんなに持てないよぉ」
玉は胸がいっぱいになった。嗚呼、玉は一座がやっぱり好きだった。玉はこんなにも幸せだったんだ。
ひぃ、ふぅ、みぃ、で、「ほぃっ!」
一座では、舞台の直前に一同で手を繋ぎ輪になった。緊張をほぐし、団結し、気合を入れる為だ。いつしか、成功を祈る儀式として定着した。皆で声を合わせるのだ。最後にこれをやろうと誰が言い出したか。玉は、英次とコウケツの間に入った。
何時もそうだったように、笙が音頭を取る。
ひぃ、ふぅ、みぃ、で、「ほぃっ!」
誰もが泣いて笑って、それぞれの新天地を目指して、別れた。
翌日、玉は希望に胸を膨らませて歩いていた。今日から新しい人生が始まるのだ。もう振り向かない。己の信じた道を真直ぐに進もう。
夕方には知栄院に到着。玉は息せき切って駆け込んだ。
「お頼み申します!」
しんとしている。寺は閉ざされたままだ。留守かな?人のいる様子がない。
それにしても変だ。何だか前より荒れた感じがする。何度も呼ばわったが、反応がない。門に鍵が掛かっている。何か判らないが、急に不安になってきた。玉は茫然と立ち尽くす。
どれだけ時間が過ぎたか。気がつくと、お百姓さんが声をかけてきてくれた。近所に住んでいる杢助だと名乗った。玉は大慌てで「弟子ですが」と訴え、昌恵の消息を訊ねた。
「昌恵様は、昨年の夏にお亡くなりになりました。本当に惜しい御方を・・・」
玉は目の前が真っ暗になった。




