三、
玉は孤独であった。
勘介は玉を大事にしてくれる。玉を、玉の才能を、愛していた。ひょっとしたら玉は、想像もできないような高みに達していく。玉の芸は、それほど輝いていた。玉は天才!何もかも別格!と勘介は信じている。
行く先々で、勘介は主だった者を連れ、寺社や地主等の宴に出向く。挨拶や礼も兼ねているのだ。宴は修羅場であった。見世物である勘介達は人間扱いされない。酒が入ると、どいつもこいつもケダモノになる。それでも世話になっているからと、あらゆる恥辱に耐えねばならぬ。女達の中には、そのまま泊まるものもある。
勘介は、この場に決して玉を同行しなかった。玉は「違う」のである。玉を穢してはいけない。自分達は仕方ないとしても、玉は媚びる必要はない。しかし他の者には判らない。この扱いが、座員の不満となった。玉だけが免除されている。まだ子供だから?はぁ?座員達のやり場のない怒りは、依怙贔屓されている玉に向かうのだ。だから女達、中でも白拍子や遊女だったものは、玉を嫌っている。陰湿に無視するのだ。
踊りを教える立場の葉月は度々、玉を暴行に及んだ。人気のない場所へ連れ出し、見えないところ、尻や腿を抓った。腹を拳でドスドス殴った。いつも玉は無言で耐えた。玉の非難するような眼差しが、葉月を更に逆上させた。ある時、葉月は自分で自分の行為に激昂し、玉の髪の毛を掴んで引き摺り倒した。ひぃっ!頭の皮が剥がされたかの激痛!堪りかねて玉は弱々しい悲鳴を上げた。涙がポロポロ零れた。葉月はハッと我に返る。両手に絡みついた玉の抜けた髪の毛を、慌てて振り払った。そうして後ずさりしながら逃げるように去っていった。玉は泣きながら抜けた髪の毛を拾い集める。が、どうしようもないと、せっかく集めた毛を捨ててしまった。
玉は自身を呪った。苛められるのは、己の姿形が異様だからだ。背ばかり大きくなり娘らしい体つきにならない。乳や尻につくべき肉が全部上に行ってしまってる。男役をやらされるのは背丈の所為ばかりではない。色香、女らしさがないのだ。綺麗なべべ着て、かぐや姫とか静御前なぞ、望むべくもない。玉は異形の者だ。
一座には夫婦になるものも何組かある。また一部の女達は、夜密かに抜け出して春を鬻いでいる。閉ざされた狭い空間では、男女のこともあからさまであった。当然、玉も見聞きする。彼等のしていることが気持ち悪かった。・・・あれは何だ!助平!嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い!玉は男が怖かった。
だが、玉は終ぞ男達から声をかけられることはなかった。笙の目が光っているばかりが理由ではなかろう。玉は女とは認識されてないのだ。いや人間ですらない。玉に向けられる視線はいつも好奇のものだった。玉の評判は「鬼女」と何ら変わらない。
玉は、勘介一座にいてこそ花形と持て囃される。他では通用しまい。唄や踊りが出来ようが、「化け物」としか扱ってくれぬ。見世物になるのは嫌だ。もう人に見られたくない。誰にも会いたくない。ひとりでひっそりと生きていきたい。
玉は出家を決意した。




