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四代将軍とも  作者: 山田靖
六波羅奇譚
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 四代将軍源朝子、実は田楽一座の踊り子・玉という証明は思ったより困難であった。

 田楽一座は春早々に解散している。煙のように消えていた。一座はかなりの大所帯であったとされるに、影も形もなくなっている。先ず以て、当時の座員の消息が知れない。噂すら聞かぬ。それでも、京都守護は懸命に追跡を行った。やっと掴んだ糸口を諦める訳にはいかない。じりじりと時間だけが過ぎていった。

 八月、焦る伊賀光季に朗報が入った。座頭勘介を発見したのである。


 元田楽一座の座頭・勘介は妻の笙と有馬にいた。療治にきていたのだ。

 昨年末、勘介は大津でいきなり捕縛された。「風紀を乱す」との密告による。確かに女人が舞踊を披露するが、格別煽情とはいえない。寺社や番所に届も出している。なにより不可解なのは、大津入りの途端、待ち構えたように捕らわれた。大津は勿論、この半年ほとんど興行できていないにも拘わらず、だ。勘介は、有無を言わさず牢に放り込まれた。ロクな取り調べも行われず、年を越してようやく釈放。しかし、冬場の牢は勘介の肉体を容赦なく痛めつけた。勘介は足腰が立たなくなり気力も失われた。笙や一座の者は息を呑んだ。何故、このような理不尽に・・・勘介は廃人も同然。やむなく笙は一座を解散した。そうして勘介を連れて有馬に向かった。


 踏み込まれ、訳の分からないまま拘束された。そのまま京へ連行しようとしたが、不具の勘介は動けない。どころか、勘介は息も絶え絶えに衰弱しきっている。「私が、ひとりで参ります!」笙が泣き叫んだ。

 笙は京都守護で厳重な取り調べを受けたが、もとより何のことか判らない。自分たちは田楽の巡業を行ってきたが、座頭である夫勘介が投獄された。やむなく一座は解散。その後、座員が何処でどうしているのかは知る由もない。笙は繰り返し陳述した。そもそも、勘介が不具になったのも、一座が離散したのも、お前等の所為ではないか!今更、何を言えというのだ。笙は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 笙は大路に引き摺り出された。笙はかつて京の白拍子。懐かしい街並み。あの頃より明るく賑やかになっている。だが、今の笙には無縁のものだ。いたたまれれなくなり、うつむいて唇を噛んだ。すると両脇を固めている武士が背中をどやしつける。

「これから通る者の顔を見よ」

 何やら華やかな行列が近づいてくる。路地を埋める民衆から歓声がほとばしる。眩しいほどであった。笙は別の世界を見るように、ぼんやりとしていた。やがて熱狂とともに一行が通り過ぎてゆく。煌びやかな鎧兜の武者に囲まれて、ゆったりと馬上に揺られる水干の若武者・・・えっ女?

「!」笙は目を見張った。

「どうだ?」隣の武士が、紋の顔を覗き込む。薄ら笑いを浮かべている。下衆なっ!

「お前は、あの者を知っておろう」

 笙はガタガタ震えが止まらない。頭が熱くなった。

「・・・知りません」

 武士の顔色が変わった。何ィ知らぬ?知らぬと申すか!そんなはずはないっ!

「あの娘は玉であろう。ほれ、お前等の一座で牛若丸を演じた、玉だ」

 笙は、もう落ち着いていた。

「あの方は四代将軍様でしょう?はん、田舎者だと侮っちゃいけない。それくらい知ってますよ。玉?あれが?違いますよ、全然。私は、玉が幼子のときから一緒にいますから。一応親代りだしね。玉じゃないですよ。顎の形が違う。・・・玉は死にました。頭撲られてね。それに玉は、今年でまだ十七ですよ。将軍様は二十二でしょう?玉のはずがありません」

 笙もまた頑として、源朝子が玉であると認めなかった。


 笙は、そのまま監禁された。否定してようが、源朝子と玉を結ぶ最重要の証人に変わりはない。安女郎の葉月とは違う。解放する訳にはゆかぬ。それから忘れられたように、笙の拘留は一ヶ月にも及んだ。そして夏の終わり、勘介が有馬で死んだと、獄中で告げられた。笙が出発してから三日後であったという。


 笙は狂ったように泣き叫んだ。

 嘘だ!嘘だ!嘘だ!お前等が殺したんだ、殺したんだろ!返せ、返せ!勘介を返せ!私達が何をした?えっ?お前等は、私から芸を奪い、夫を奪った。畜生!畜生!畜生!お前等から見れば、私達は虫けら同然なのだろう。そう、虫けらだよ。私達が虫けらなら、お前等はケダモノじゃないか!虫けら殺して、その上何を言わせようとしてるんだ!玉が四代将軍?笑わせるんじゃないよ。将軍様が玉だったらどうするんだ?私達が虫けらなら、玉も虫けらだよ。お前等ケダモノは、虫けらを将軍様と崇め奉ってるんだぞ!ははは、こりゃ傑作だね。お笑い草さ。知らない、知らないよ。教えてなんかやるもんか!


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