英次
英次は、人足として都に入った。
英次は京の生まれだ。絵師・英芳の弟子であったが、些細な喧嘩で飛び出してしまった。諸国を放浪、旅回りの田楽一座に加わった。絵心があると知って親方の勘介は喜んだ。背景を描いてくれと云う。英次もどんな形であれ、絵筆を握れて嬉しかった。絵だけは続けていきたい。一座の舞台は面白かった。物語に合わせて歌や踊りが進行する。こんなのは都でも観たことがない。役者の技量も高い。京や大坂の白拍子も交じっていた。英次は手伝ううち次第に興味が募り、背景画ばかりでなく衣装や小道具を揃えたり、役者として舞台にも上がった。いつか脚本も書いてみたい。
ところが大津で勘介が突如捕縛された。理由は判らない。一ヶ月後に釈放されたが病に倒れ再起不能。一座は解散。
英次は居場所を失った。しかもこれからは、ひとりで生きていかねばならぬ。なんとか博多にたどり着き、大きな商家に下男として住み込んだ。もう一度、絵が描きたい。英次のささやかな願望はしかし、日常に忙殺されてしまっている。
宋からの到来物を都まで運ぶことになった。「英次は京の者だから懐かしかろう」と、主人・宗像屋佐助は鷹揚にも従者に加えてくれた。英次は喜んで受けたものの、内心は迷惑。京ではいろいろあった。いたたまれなくなって出奔したのである。どの面下げて帰れよう。故郷に錦を飾る凱旋でもない。ただ仕事、あくまでも仕事として京に行って戻るだけ。何時、何処で、誰と出くわすやも知れぬ。英次としては、あまり長く居たくない場所だ。早々に引き揚げたい。
都に入った。しばらく地方を歩いてきたからかもしれぬが、都は見違えるように華やかになっていた。往来の民衆の顔の、どれも明るいことよ。活気に溢れている。眩しくすらあった。大路では、わあっ!という歓声まで上がっている。
京名物、四代将軍様のお成りであるという。
英次は群衆に巻き込まれ、仕方なく脇に寄り行列の通過を待った。ひとびとは興奮し、目を輝かせ、何やら叫び、体を揺すっている。英次は後ろから押されて、よろける様に前に出てしまった。丁度、行列が目の前を通った。
ふと馬上の人物を見た刹那、英次は頭を棍棒で殴りつけられたような衝撃を受けた。
「玉!玉ではないかっ!」
英次は後を追おうとした。が、熱狂した群衆に巻き込まれ転倒し、更に踏みにじられた。
「玉!玉!何やってんだ、玉ぁ、玉よぉ」
英次は頭から血を流し往来に座り込んで泣き出した。
そこへ武士が三人現れ、英次を抱き起し引き摺るように何処かへ消えていった。僅かな間の出来事。周囲も呆気にとられたが、やがて忘れた。
これが直後に勃発する驚天動地、大乱の前触れとは誰も気づかなかった。
・・・源朝子の素性が割れたのである。




