表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四代将軍とも  作者: 山田靖
-中入り-
45/83

雲水、山科行

 雲水は、山科の尼寺を訪れた。

 悪い夢だ。あいつ、だった。そんな馬鹿な!一体、何の真似事だ?あいつなら、ここで尼になっているはずだ。動揺を抑えながら、雲水は門前に立つ。知栄院ちえいいんは、ひっそりとしていた。何度呼ばわっても返事がない。留守か?それにしては何か荒れた感じがする。嫌な予感しかない。訳が判らない。雲水はもう気が狂いそうだった。

 そこへ、お百姓がひょっこりと現れた。近隣の者で、杢助もくすけと名乗った。

ぼん様、ここは空き家です。今は誰もおりませぬ」

「何と!ご住持はどうなされた?」

昌恵しょうけい様は、お亡くなりになりました。かれこれ一年にもなりますか・・・」

「しっ死んだ?知栄院昌恵は死んだと申すか!」

「都から大勢ひとが寄りまして、後始末やら何やら・・・んでも在の者共が昌恵様をお慕いしてましたんで、寺はそのままに・・・儂が鍵やら預かっております」

 知栄院昌恵は一年も前に亡くなっていた。・・・すると、あいつは・・・・?

「誰ぞ、訪ねては来ませんでしたか?」

「はあ、梅の頃でしたかな、若い尼さんが。背が高いんで最初、男かと思いましたわ。お弟子だと云うて・・・」

 若い尼も、昌恵の死を知らなかった。杢助が告げると「あっ!」と、へたり込み激しく取乱し号泣。杢助は気の毒に思い、鍵を開け、中に入れてやったという。

 雲水は、知栄院に案内された。ガランとしている。奥の間に、古ぼけた文机がポツンとあった。その上には筆や硯が置かれていた。見覚えがある。雲水が、あいつにやったものだ。

 隅には小さな葛籠が置いてあった。あの日、あいつが持っていったものだ。中身を丹念に取り出していくと、やがて底からは大量の古い紙の束が出てきた。古い証文やら文の書き損じ。その裏や余白にびっしりと細かく字が書いてある。あいつの筆跡だ。日記とも覚書ともつかない。食べたもの、やるべきこと、見聞きしたこと、ひとの悪口等が雑然と綴られている。物事について論評は詳細。よく観察しているなぁ。ただ、意見がコロコロ変わってる。難しい字の練習もある。雲水はちょっと和んだ。それから紙を捲っていくと、夢のようなもの、空想?創作?最後に・・・計画?! 

 どうした?こんな証拠になるようなものを残すなんて・・・あいつらしくもない。 

 杢助には「また戻ってくる」というようなことを話したらしい。事の次第が判っているのか?あいつのやっていることは、そんな生易しいもんじゃないだろう。それとも、もう二度と帰らぬと、己の過去を総てここに捨てていったのか。

「翌朝、挨拶に参りました。“気が済んだ”とか。見違えました。何かこう、スッキリとされてて・・・」

 そういうヤツだった。役が降りてきたのだろう。あいつは、成り切ってしまった。幕は上がったのだ。

 尼僧は「末永く昌恵様の供養をお願いします」と、かなりの金を置いていった。杢助が「これから何処へ?」と尋ねると、尼僧は「西方十万億土」と笑った。そして、見送る杢助に手を振りながら浮かれるように去っていったという。


 雲水は滂沱の涙が止まらない。あいつはもう戻れない。取り返しのつかないことをしている。何が、あいつをそうさせたのだろう?判っているのか?あいつの周囲は、あいつを除いて、総て本物なのだぞ。

 あいつは孤立無援、ひとりで闘っている。何も、何もしてやれぬ。最早、手助けとかいった次元ではないのだ。雲水にできることといえば・・・傍観だけである。近く必ず訪れるであろう破局を、ただ馬鹿のように口を開けて眺めることしかできない。その時が来たら、あいつは一体どうするのだろう?


 見届けてやらねばならぬ、あいつの生き様、行く末を。そう、幕が下りるまで。

 雲水は、急ぎ都へ戻ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ