二二、
源三郎は上機嫌であった。京に着いてから連日飲み歩いた。何しろここには五月蠅い義時も大江広元もいない。泰時の小僧如きが何を言おうと、聞く耳は持たない。今宵も祇園の豪商・泉屋へ遊びに来ている。酒と女がこれほど面白いものとは思わなかった。最高だ。こりゃ頼家が乱行、無理もない。平清盛も常盤御前の色香に迷うわ。
三郎は酒が入ると饒舌になる。三郎には京都守護から護衛がついている。その滝と大屋を前に、自然と武張った話題となった。
「俺は武芸なぞやらぬぞ。所詮芸事、お遊びだ。戦には役に立たぬ」
大屋は酔いの回った顔を上げ「では、戦に必要なものとは?」と振った。
「相手を殺す気があるかどうかさ。力や技があっても殺す気がなかったらできんよ。貴様等は人を斬ったことがあるか?」
両名が首を振ると、三郎は低く笑い、
「ひとを斬る、殺すってのはな・・・ひとは、じっとしてくれんからな。動くし向かってくる。ひとをブッタ斬ると血が噴き出す。エグると臓物が飛び散る。汚いし臭いぞ。刀で斬っても、腕を折ろうが目を潰そうが、それだけでは死なん。急所を突いて止めを刺す。慣れないと上手く息の根を止められないから、いつまでもぎゃあぎゃあ喚くんだ」
滝と大屋は顔を見合わせて沈黙した。
そうさと、三郎は唇を舐めた。
ひとを殺すのに技術なぞいらぬ。俺は十二のときに母と兄を殺したぞ。同衾してやがった。だらしなく寝込んでたから大した力もいらなんだ。別に恨みがあったわけじゃない。ただ穢わらしかっただけだ。
三郎の命を救ったのは兄であった。だが、三郎は恩義なぞ欠片も持ち合わせていない。兄はあの女が欲しかっただけだ。己の父の妾を。兄は驚愕の表情のまま死んでいった。母親のほうがしぶとく、何度刺してもピィピィ泣き喚くばかり。首をつかんでねじ回しようやく静かにした。三郎は、この女の腹から自分が出たかと思うと虫唾が走った。反吐がでた。それに比べれば、こないだの弟の時は簡単だったな。物足りなくて甥まで殺してやったくらいだ。ついでにその甥に罪を被せてやった。その方が都合がいいだろう。大江広元は黙っている。俺も黙っている。そうして俺は京にやってきた。
座が白けてしまったので、主人は慌てて手を叩き芸妓を招き入れる。笛太鼓が響き、女たちが唄い舞う。ようやく場が賑わったところで主人が三郎に囁いた。三郎は物憂げに右端の女を指示す。
「ではそろそろお引けに」
三郎は何時になく酔っていた。変な話をするから昔の事を思い出したではないか。過去はもういい。ふふっ、源朝子を殺せば俺が将軍だ。今度こそ、政子も義時も否とは言えまい。
やがて寝所に女が静かに入ってきた。三郎はハッとなった。
「おい、どうした?!お前じゃないぞ」
女はポカンとしている。
「四人いた一番右端の女を寄越せ。お前の隣にいた背の高い痩せた女だ」
「背の高い痩せた?・・・四人?本日お招きされたんは、うちを入れて三名ですが・・・」
三郎は床から跳ね起きた。叫ぶ女を突き飛ばし慌ただしく「帰る!」と怒鳴った。
「連れはどうした?」
泉屋の者が顔を見合わせて首を捻る。
「今宵は源様お一人でお越しいただきましたが・・・」
「?!」
三郎は得体の知れぬ恐怖に憑りつかれた。牛車の中で今日これまでのことを振り返ってみた。が、思い出せない。頭が痛い。気持ちが悪い。腹の奥から酸っぱいものが込上げてくる。耳鳴りがした。世界がぐるぐる回っている。
「降ろせぇっ!」叫びながら三郎は牛車から転げ落ちた。三条河原であった。いつの間にこんな所へ?激しく嘔吐し四つ這いになってのたうちまわった。
ふと、首を持ち上げると、月の下に先刻の白拍子が蕭々と佇んでいる。
「と、朝子・・・なのか?」
白拍子は表情を変えず無言のまま、ゆっくりと菊一文字則宗を振りかざした。
翌朝、三条河原にはズタズタに切り刻まれた男の死体が打ち棄てられていた。清和源氏主流将軍家・故正二位右大将頼朝が三男、三郎の亡骸であった。
捨て札には墨黒々と大書、
「自称源三郎
源家末裔を騙りし大悪人
天に代わって成敗
四代将軍源朝子 花押」




