二一、
承久元年八月二十七日、京の八幡宮において頼朝・頼家・実朝の法要が盛大に執り行われた。喪主は勿論、清和源氏主流河内源氏将軍家当主・従五位下四代将軍源朝子!
帝や院、皇族方は代参であったが、左大臣はじめ多くの公家が参列。神社仏閣からも多くの寄進があり、一般の焼香は数千もの列が連なった。
武家も別流源氏はもとより、西国の主だった者が出席。当然の如く欠席した鎌倉方と立場の違いを鮮明にした。かねてより幕府に不満を持つ、河内・大内惟信や尾張・山田重忠などは堂々と、四代将軍に従い存在を誇示する有様。
喪主挨拶で朝子が「国家安康!君臣豊楽!」と締めるや、満場がこれを唱和!異様な盛り上がりとなり、さながら反北條決起集会の様相!
この法要は、”四代将軍源朝子”の人気と勢いを改めて満天下に示すものとなった。
法要を終え、朝子はホッと一息ついた。さぁ六波羅に戻って水でも浴びよう。ぼんやりしているところに取次が呼びにきた。「客?」予定はない。
案内されるまま奥の書院へ通ると、男がひとり上座に胡坐をかいている。大柄だが、がっしりとした体格ではない。不摂生だろう、だらしなく太っていた。もっさりしてる。背中を丸め顔を前に突き出して舌なめずり。あぁ姿勢が悪いな、聡に怒られるぞ。頭は大きく色白で目鼻立ちはクッキリしているが、どうにも野卑で下品な感じ。朝子の全身を下から舐めまわすような目つきは変質的であった。朝子は、男を見据えたまま無言で着座。
「俺は、源三郎。お前の兄・・・に、なるのかな?」
「伊豆の百姓家に“まつ”という娘がいてな。巻狩りにきた頼朝が見初めて妾にした」
源三郎と名乗る男は唇を舐めた。
「しばらく通ううちに、まつが身籠った。これが北條政子に知れたから大騒動さ」
同じく当時、政子の腹の中には後の実朝がいた。政子は怒り狂って頼朝に掴み掛り、母子共に殺せと喚く。見かねた嫡男の頼家が「みっともないから」と仲裁に入った。生まれた子は男女に拘わらず出家させる、という条件で助命され梶原景時の預かりとした。
「で、生まれたのがこの俺さ。頼朝は知らん顔だから、頼家が“三郎”という名をくれた。実朝よりひと月先に生まれてるんだけど、母親の身分が低いから弟だとよ。頼家にしたって別に慈悲で俺を助けたんじゃない。まつに惚れたんだ。頼家は親父の女を妾にしたんだぜ」
三郎は下卑た笑みを浮かべた。
「あれれれれぇーっ!どっかで聞いたような話だなあ?」
それからは何とまぁ目まぐるしく、頼朝が死に、頼家が死に、実朝までも殺された。
「もう将軍家は残ってねぇよ。俺は蚊帳の外だからな。幕府は北條の思うままだ。とりあえず政子を将軍にして、あとは飾り物で宮様を将軍に据えようとした」
そしたら、お前が現れた。ははは、征夷大将軍は源氏しかなれないって良いな。初代、二代、三代って数えたのも秀逸だ。すぐに引き摺り下ろされた頼家、歌しか詠ませてもらえなかった実朝も、二代将軍・三代将軍ってだけで、親父と並ぶというか、格が上がったもんな。奴等も喜んでるだろ。それに、代を数えるだけで世襲を正当化しやがった。お前の思いつきか?これで平氏の北條は出番がなくなった。朝廷もその案に飛びついただろ。お前が女ってのも気が利いてる。政子が文句言えないし。
「凄げぇよ、お前」
三郎は言葉を切り、朝子の顔を窺った。朝子は微動だにしない。
「鎌倉は大騒ぎさ。政子なんか半狂乱だ。義時も大江広元も苦り切ってる」
しかもお前は、朝廷や武家ばかりでなく神社仏閣から民百姓まで味方にしてるからな。今日の有様にしたって大したもんだ。
「ここまで見事だと俺もマネしたくなった。何しろ俺は清和源氏主流将軍家故右大将頼朝の子で、しかも男だからな。女ばかりに苦労させる訳にもいくまい」
三郎は手を打って笑った。
「俺は将軍になるよ。まぁ心配はいらない。お前でも務まるんだからな。宣旨を受けたら、俺は五代将軍になる」
三郎は目を光らせた。
「おっと、四代はお前じゃないよ。お前、確か“四代将軍”の名乗りだけで、征夷大将軍じゃないもんな。ほら、実朝を殺した公暁っていただろ。頼家の子だ。あれを四代に追贈してやるよ。公暁も浮かばれるぞ。なにしろ俺は”四”って嫌いでね。”死”に通ずる、てな」
朝子は、三郎を睨みつけたままスッと立ち上がりそのまま退出。最後まで無言であった。その背中へ、三郎の哄笑が響いた。
「朝子、遠慮は無用だ。これまで源氏は殺し合ってきた。父と子、叔父と甥、兄と弟とな。次は兄と妹の番だ。まぁ楽しくやろうぜ」
足も止めずに立ち去る朝子に、三郎は「ところで」と声を張り上げた。
「お前、一体何者だ?」




