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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
40/83

二十、

 北條泰時は憮然としている。拠点である東山で京都守護伊賀光季と対座。

 とにかく近頃、四代将軍源朝子への巷の評判は異常!寄ると触ると、あらゆる場で、貴賤を問わず、源朝子の名の出ぬ日はない。朝子の噂を中心に世界が回っているようですらあった。幕府を朝廷をも超えた、天下第一の存在になってしまった。

 曰く、

 “四代将軍源朝子は、唐の仙人の生まれ変わりである”

 “四代将軍源朝子は、生まれた時すぐに立ち上がり「天上天下唯我独尊」と唱えた”

 “四台将軍源朝子は、手を翳せば瀕死の重病人が治った”

 “四代将軍源朝子は、十人の訴えを一度に裁いた”

 “四代将軍源朝子は、孔明こうめいの再来で軍略に優れ百戦百勝”

 ”四代将軍源朝子は、慈悲深く山賊海賊お尋ね者も涙を流して改心”

 ”四代将軍源朝子は、密教を会得し妖怪変化・魑魅魍魎を調伏す”

 “四代将軍源朝子は、天空を駆ける馬に跨り雨を自由に降らせる”

 ”四代将軍源朝子は、千年の未来を予見”

 “四代将軍源朝子は、末法に現れた弥勒みろくである”

 他にも、法然ほうねん親鸞しんらんと問答したとか、藤原定家ふじわらのていかに歌道を教えただの、運慶うんけい快慶かいけいに彫刻を指南したやら、有名人には軒並み目通りしている。その中には時空を超えた故人をも含まれる。ばかりか、源朝子は神羅万象に影響を与える。朝子が祈れば、天変地異は鎮まり、五穀は豊穣、民衆は歓喜するのだ。

「こりゃあそのうち、あの女は壇ノ浦で平氏を滅ぼすぞ」

「甚だしきは、若殿が四代将軍に岡惚れなどと・・・」

「巫山戯るな!」


 泰時は眩暈がした。そればかりか「朝子と泰時が東山で会談」という、とんでもない噂が広まっている。

 看過できないのはその場で「政子・義時の隠居と引換えに、朝子も将軍職を布智王に譲る」密約で合意した、とされているのだ。洛中ばかりか、鎌倉にまで瞬く間に伝えられ騒然。政子は例によって大暴れ。義時も「戯言には惑わされぬ」としながらも「対応が手ぬるいのではないか」と叱責の手紙を寄越した。泰時にしては根も葉もない。火のないところに煙を立てられ、全く踏んだり蹴ったりだ。会談も何も、そもそも、あの女の行動範囲は御所と六波羅の往復だけではないかっ。派手な行列で目立っているから神出鬼没な印象があるが、実際はほとんど屋敷に引き籠っている。本当にやったことと云えば、「牛若丸」と「坊主頭」くらいだろう。そしてそれらを針小棒大、大言壮語に自ら吹聴しているに過ぎない。邪教壊滅やら鵺退治だの、何時そんな暇があるのだ!ことごとく絵空事ではないか!


 鎌倉への揺さぶりも執拗。

「現在の武家の官位は、任命者たる将軍実朝死亡により無効となり、幕府の機構はその根拠を失っているのではないか?」と明法博士みょうほうはかせにわざわざ問い合わせている。

 正式な申し入れなので公文書を出さねばならぬ。式部省まで巻き込んで大激論。経緯を辿り、事実確認、唐土の文献にまで当たり、「幕府は機能している。解釈が分かれるが、先例もあり問題はない」という見解を捻りだす。大変な手間である。それだけ苦心の作を、あの女は「ふうん」と一瞥。「解釈が分かれるのですね!」とほくそ笑む。そうしてその微妙な箇所だけを大々的に公表する。

「鎌倉は正当性に疑問はあるが、現状は仕方ない」

 いちいち癪に障る。


 かと思えば、北條に不満を抱えているであろう勢力への働きかけも怠らない。殊に別流源氏、それも関東の足利・新田・武田あたりへ頻繁に文を送っている。その日付から内容まで、何故かこちらにまで流れてくるのだ。大胆にも「北條征伐」の具体案をだ!

 戦略は雄大。鎌倉は頼朝が手塩にかけた難攻不落の要衝。攻略には先ず敵を引き摺り出さねばならぬ。四代将軍自身を囮として討伐軍を率いて進撃!まんまと手に乗り、ウカウカと出陣すればしめたもの!小規模な鍔迫り合いで、戦場を西へ西へと誘導。充分に引き付けておいて、その隙に空国となった鎌倉を、背後から関東源氏が襲撃占拠。そして補給の伸び切った幕府軍を美濃あたりで東西から挟み撃ち!

・・・これを公然と世間に広めている。何をか言わんや。二位法印の知恵ではない。回りくどくて子供じみている。ネチネチと、そう女の嫌らしさだ。あの女が、ひとりで企んでいるのだ。メギツネが!


 兎にも角にも、この小娘いや大女を何とかせねばなるまい。


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