四.四代将軍源とも、白梅ノ下デ水ヲ汲ム!
ようやく寒さも安らぐ二月のある日、卿ノ局は嵯峨野へ梅見に訪れた。
卿ノ局は、刑部卿・藤原範兼の娘で名は兼子。従二位。「権勢の女」と称される。先帝「治天の君」院の乳母であった。ために、現在も院に多大な影響力を持つ。公家や武家からも尊敬を集めていた。多くの寄進で富も豊かで二条町に豪勢な邸宅を構えている。また、鎌倉の北條政子とも同盟関係にあり、所謂「宮将軍案」は卿ノ局の入れ知恵だった。
少し風が出てきたので、卿ノ局は戻ることにした。ふと見ると、長身で細身の若い僧が井戸で水汲みをしている。匂うような白梅の下、その僧は粗末な身なりながら、気品が漂う。何と、美しい・・・その肩先に梅の花びらが一片吸い込まれるように散った。嗚呼!卿ノ局は胸が締めつけられ堪らなくなり、思わず声をかけてしまった。
「?」怪訝な顔で振り向いた僧は、・・・僧ではなかった。男じゃない、女!女だったのだ。尼か。しかも若い。顔なぞ子供のようにあどけない。
「そなた、名は?」
「知栄院昌恵の弟子、春香と申します」
よく通る澄んだ声で尼僧は話す。大きな目で真っ黒な瞳。小首を傾げて、はにかんだように口元を緩めた。その笑顔に魂を奪われそうになり、卿ノ局は目眩がした。
「何をしておいでじゃ」
「・・・水を汲んでおります」
それっきりだった。尼僧は深々と頭を下げると去って行った。卿ノ局はまだ夢の中にいた。梅の香りに金縛りにあったように動けない。辺り一面、尼僧の気配が漂っている。このままでは、あまりに名残惜しい。卿ノ局は、最寄りの庵主に訊ねた。
「見られましたか。あのお方、実は・・・・」
卿ノ局、仰天!
故右大将源頼朝に隠し子がいた?!
源将軍家の生き残りではないか!「わけあり」とは睨んでいたがここまでとは!
卿ノ局は、早速ひとをやり春香と名乗った尼僧を邸に招いた。春香は俗名、とも。頼朝から一字いただいたのだと。つぶらな瞳で見据えられて、卿ノ局は全身が痺れた。卿ノ局は、ともを引き取る決意を固めた。
「ずっとここにいてちょうだい。遠慮はいりませんよ」