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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
38/83

十八、

 京の夏は暑い。そして京の夏といえば、祇園御霊会ぎおんごりょうえである。

 長らく戦乱や天災・疫病等で休止していたが、本年ようやく復活、執り行われることとあいなった。久方ぶりの祭りとあって、殿上人から庶民に至るまで準備段階から大いに盛り上がっている。そして、この機をみすみす見逃す四代将軍源朝子様ではないっ!

 朝子は大広間に一同を緊急招集すると、重大発表を行った。

「来る祇園御霊会にて、我等が幕府の真髄を、満天下に盛大に披露すべし!」

 どよめきが起こる。朝子は皆をゆっくりと見渡し静まるのを待って、厳かに宣言。

「朝廷からは騎馬の童と、馬長うまおさがでるという。院北面は田楽を、受領ずりょうは田植え女を調進する。町衆も此度は気合が違う。派手な山鉾や仮装で繰り出すといった、聞き捨てならぬ密告まで入っておる。かかる非常事態に、四代将軍たる源朝子が何もせず、ただ指を咥えて漫然と眺めておるだけで良いのか?否!清和源氏主流将軍家の威信を賭けて、これまでにない、また後の世にも語り草となる祭りとせねばならんのだぁっ!」

 狐につままれたような一同を後目に、朝子は得々と語りだした。


 出し物は

牛若丸うしわかまる弁慶べんけい五条大橋ごじょうおおはし炎之一騎討ほのおのいっきうち!」


 朝の崇拝するあの源平争乱における英雄!九郎判官源義経。いいか、朝の叔父上であるぞ。そしてその天才児義経の忠実な家人武蔵坊弁慶。嗚呼!この宿命の主従は、当初敵対しておったのだ。それがいかにして固い絆で結ばれたか?親子は一世、夫婦は二世、主従の間柄は現在・過去・未来の三世にも渡る深い因縁!仁義礼智忠信孝悌!これぞ武士!男の花道!感動興奮の一部始終を、絢爛豪華な踊りで完全再現するっ!


「・・・おっ踊りって何ですか?」

「黙って聞け。時は・・・いつだっけな、叔父上が牛若丸といって鞍馬寺に預けられていた時分。その頃都では夜な夜な賊が現れ、武士を襲い刀を奪うという怪事件が勃発していた。その下手人こそ誰あろう、武蔵坊弁慶!修行の為、刀を千本集めていた」

「法師の弁慶が何の修行で刀を集めねばならんのですか?」

「五月蠅いなぁ、願をかけたんだよ、願!“偉い坊さんになれますように“ってな。で、その噂を耳にした我らが九郎判官義経、当時は牛若丸。宸襟を悩ます賊を討取らんと、京へ颯爽と参る!」

「わざわざ鞍馬山から?」

「もう、お前は喋るな!」


 京の五条の橋の上、大の男の弁慶が待ち構えている。と、向こうから何やら笛の音。はて、誰あらんと顔をあげると、これが何と何と稚児ではないか。弁慶は子供と侮ったが、腰に立派な刀を差しておる。今宵まで集めし刀は九九九本、あと一本で満願千本!

 ”小僧、刀を置いてゆけぃ!”

 ”近頃、武士を襲い刀を奪う大悪人とは、お主か。盗れるものなら盗ってみよ”

 ”えぇいっ、猪口才な!”

 と、ここから牛若丸と弁慶の丁々発止の大立ち回りだ。弁慶、薙刀振り回すが、牛若丸は右に左に、ピョンピョンピョンピョン、軽快に飛び跳ねる。遂に牛若丸は、弁慶の薙刀を叩き落とし喉元に刀を突きつけた。

 ”まっ、まいりましたぁ!”

 かくして牛若丸に感服した弁慶は改心し、以後絶対の忠誠を誓うんだ。


 どうだ、泣かせる良い話だろうと、朝子は手を打った。皆、ポカンとしている。

「これを踊りでやる」

「はあっ?!」

 どよめきと困惑をよそに、朝子は早速配役に取りかかる。先ずは主役牛若丸。勿論、朝子を措いて他にない。そして対する弁慶役には、橘善行を指名した。

「私が・・・ですか?」

「善行は厳つくて、いかにも弁慶だろうが。そもそも、そなたを家人としたのも何時かこんなこともあろうかと・・・それに朝は先の狼藉をまだ根に持っておるからの。心の傷は少しも癒されておらん。お前は拒否できる分際にないのだ」

「朝様と闘うのですか・・・?」

「何を聞いておった。踊りだと申したろうが」

「おっ踊りとは・・・・?」

「いいよ、教えてやるから」


 翌日から地獄の特訓が始まった。

 朝子は鬼となった。毎日毎日、善行を庭に引きずり出して踊りを習わせる。ああじゃない、こうじゃないと、激しく注文をつける。出来るまで何度でもやり直しだ。間違えると蹴とばす。周囲も息を呑み、遠巻きに眺めるしかない。尋常ならざる光景。何が朝子をここまで駆り立てるのか?善行は日に日にやつれていく。

 他人事ではない。火の粉が降りかかってきた。配役が続々決定!牛若丸の母・常盤御前ときわごぜんに、聡。それから静御前しずかごぜんは、郁。

「郁は、朝の妻になるんだぞ。嬉しかろ?」

「子供の頃の話に何故、静御前が・・・というか夜中の五条大橋に母と妻がいるのも・・・」

「考えるな、感じろ。錦上花を添う。華やかでいいんだよ」

 梓だけは妙に乗り気で、巴御前ともえごぜんがやりたいと志願した。「その意気や、良し!」

 遂には近郷農家のおかみさんや娘達を「綺麗なべべを着せてやる」と騙すように集めてくる。そうして、古今東西の美女に扮装し絢爛豪華に躍り狂うのだ。ところが、祇王ぎおう祇女ぎじょ袈裟御前けさごぜん等の役を振ったら、皆「知らないからイヤ」と言う。「情けないの!」朝子は機嫌を損ねたが仕方ない。その気にならねば良い芸は出来ぬ。お馴染みの小野小町おののこまち弁財天べざいてん・かぐや姫といった勢揃いになってしまった。


 さて、男共にも大事な役目があった。

「お前等は、唄え」

「はあぁぁぁぁぁっ?!」

 踊りに合わせて唄うのである。朝子の創作で、今様でも田楽でもない聴いたことのない奇妙な楽曲だった。物語に節をつけているようなものだ。御自らの歌唱指導にも熱が入る。

「もっと大きな声で!何を恥ずかしがっておる。そんなことでいざ戦場で名乗りができるか。腹から声をだせぃ!元盛、お前は調子が外れてるぞ」

 彼等にもそれぞれ、文覚もんがく畠山重忠はたけやましげただ那須与一なすのよいちなどと適当な役を振った。

「カブト、お前は敦盛あつもりにしてやろう」

「それはどんなひとで?」

「知らんのか?学がないのぉ。平敦盛、無官太夫、笛の名手で紅顔の美少年だ。本来なら、朝の役だぞ。一の谷で源氏方の熊谷直実くまがいなおざねに呼び止められ、海上から引き返して潔く闘うんだ。すぐ首切られるけどな」

「ヤダなぁ」


 物語の構成や踊りの型等、朝子がひとりで総てこしらえた。各人其々に台詞や振付の注を入れた紙を配り細かく指示する。舞は大胆に美しく。指先まで神経を行き渡らせろ。そして見物衆には笑顔を見せよ。ひとりひとり念入りに手取り足取り指導し、しくじれば容赦なく叱責!朝子は一切の妥協を許さない。

「一生懸命やれ!役になりきれ。さすれば天から役が降りて来る。役と一心同体となるのだ!」

 あぁそれからと、朝子は険しい表情で続けた。

「勝手に台詞を変えたり、踊りに手を入れることは、絶・対・許さん!ひとりで芸をするな!自分だけいい気になるな。段取りが狂い、周りの迷惑だ」

 といっても、一同は間違えぬよう覚えるのに必死なのだ。ああでない、こうでない、やっぱりそうしようなどと頻繁に内容を変更するのは、朝子である。

「芸は生き物である。その場、その時で機を見るに敏でなければならない」

 暴走は止まるところを知らない。朝子の凝り性は有名であったが、ここまで鬼気迫るものはこれまでになかった。

「泣くな郁、泣くなら厠いってひとりで泣け。泣いて泣いて、思いっきり泣いて、気がすんだら戻ってこい。そして、その時は笑顔を忘れるな」

 笛、太鼓のお囃子がいるな。流石の朝子も「触らせてくれんかった」から、楽器演奏は無理だそうだ。二位法印に頼んで宮中から雅楽師を呼んでもらった。楽師達はいきなり妙な譜面を渡され面食らう。それでもさすがは熟練、必要以上の荘厳な出来となり、朝子を満足させた。

 七日ばかり六波羅屋敷の門はピタリと閉じられ、ひとの出入りも禁止。一切は極秘とされた。その間、朝子は勿論朝参にも現れない。屋敷内では昼夜違わず怒号と悲鳴が渦巻いている。

 四代将軍源朝子、乱心召されたか、はたまた謀反?!

 京都守護や検非違使までもが本気で疑い、一時洛中に緊張が走った。


 かくて六月八日、復活祇園御霊会は賑々しく執り行われた。

 何といっても注目は、四代将軍源朝子率いる「六波羅幕府」の演舞!沈黙を破っての登場に、いやが上にも期待は高まる。無責任な憶測が交錯する中、五条大橋の周辺は黒山の人だかり。

 出番が近づき、一同緊張していた。青ざめて震えている。歯の根も合わない。あの梓でさえ顔が引きつっている。そこへ何時もと変わりない、というか上機嫌の、四代将軍源朝子様が颯爽と現れる。

「どうした、どうした、ん?緊張しとるのか?皆、意気地がないのぉ。命まで取られはせん。気楽に行け。掌にな、“人”という字を書いて呑み込め。それから大きく息を吸って大きく吐け」

 朝子は皆に手を繋いで輪になるよう命じた。そして「一番心配」な、カブトと元盛の間に割り込んだ。「瞑目せよ」朝子は口の中で何事か唱えている。

「やるべきことはやった。心配はいらぬ。良い事だけを想え。さすれば、役は降りて来る。あとは楽しめ!舞台は鏡だ。演者が腹から笑えば、見物衆は喜んでくれる」

 ややあってカッと目を見開いた。

「朝が合図するからな。ひぃ、ふぅ、みぃ、で、ほいっ!」

「ほいっ!」

 不思議な程、落ち着いた。笑みがこぼれる。


 チョーンッと柝が入った。

 やがて橋の上に憎々しげな善行の弁慶が登場し「あと一本で満願千本ーっ!」と大仰に呼ばわる。   

 そこで現れいでたる、おぉ何と見目麗しい稚児姿、朝様の牛若丸!

「庶民の難儀救いたいーっ!」

 鳴り物、ズラリと居並ぶ源平の武者やら白拍子等が舞い踊る。そして地鳴りのような唄が轟く。


  乱暴者だよ弁慶は 京の五条の大橋で

  奪い取ったる刀が これで九九九

  涼やかな笛の音色に誘われて まかりいでたし牛若丸

  小僧刀を置いてゆけ 獲れるもんなら獲ってみな

  ぴょんと飛び乗る欄干の 上から手招き足招き

  後ろから前から右から左 ここかと思えばまたまたあちら

  鬼の弁慶目を回し 牛若丸に降参だ

  ヤットコセー ヨイナセー こりゃなんでもせーっ!


 ここぞの場面で、朝子はスックと立った欄干の上から、何と何と、捻りを加えた宙返り!

「うぉぉぉぉぉーっ!」

 嵐のようなどよめき!ヤンヤヤンヤの喝采!鳴り止まぬ拍手!娘達が嬌声を上げる。お捻り。投げ銭が雨アラレと飛び交う。興奮した見物衆が押し寄せ、五条大橋は大きく軋んだという。圧巻!満都は熱狂の渦!

 祇園御霊会での舞踊は見事大成功!朝子は大いに面目を施した。善行はじめ出演者たちも声援を浴びて何かこう、晴れやかな誇らしいやらこそばゆいような満足感に浸っていた。これが芸事の魔力というやつか。

「朝様、来年もやりましょう!」

「・・・お前らには見込みがないっ」


 四代将軍源朝子の人気は、祇園御霊会で最高潮に達した。

 いかに凄かったか。この日の牛若丸と弁慶は、人々の脳裏に強烈に焼き付いた。虚像は実像を超えた。「牛若丸と弁慶、五条大橋!」伝説は最早、この日の演舞が史実と改変された。そしてその印象は現在に至るまで連綿と続いている。

 今日、我々が思い浮かべる「牛若丸と弁慶」は、その実「朝子と善行」なのである。


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