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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
33/83

十三、

 朝子は無精者と思われがちだが実はマメである。出立の際、化粧は念入りで何時も家人達を待たせることになる。鏡は毎日自分で磨いており、暇さえあれば眺めて百面相してる。己がどう観られるか、常に意識していると云う。そういうことは屋敷の内でもやっていただきたい。しかし、あの根気の何十分の一でも良いから他にまわしてほしいもの。そう梓に揶揄われると、朝子は口を尖らせて反論する。

「女は綺麗でなくてはならぬ。女が化粧するのは、男を喜ばせる為にあらず。女は”男の所有物”ではない。己の為に美しくあらねばならん」


 女達が台所で喋っていると、朝子はひょっこり顔を出して仲間に加わる。聡や梓の話題は、どうしても殿方中心になってしまう。朝子は”ウブな箱入り娘”を演出するため、男嫌いを公言し色事に無関心を装っているが、実は造詣が深い。この手の話題となると「イヒヒヒ」と品無く身を乗り出してくる。そして、宮中で誰と誰がつき合っているとか、文を送ったの、振った振られたという色恋沙汰に異常に詳しい。連日、御所に用もないのに出張っているのは、探索が目的と云っても過言ではない。何しろ各家の舎人は既に篭絡してある。朝子のキラキラした瞳でじっと見据えられ「教えて、教えて」と腕を掴まれ揺られて黙っていられる男なぞ皆無!何もかも白状してしまう。拷問より余程効果ありと怖れられている。そうやって仕入れた重要機密を、朝子は惜しげもなく披露するのだ。六波羅で発表されれば、瞬時に洛中に広まるのは火を見るよりも明らか。右京太夫殿なぞ、四代将軍経由で倅の結婚を知らされたくらいだ。

 そのくせ、朝子は己が恋をするなどということは「無理無理無理!絶対嫌だ!」とムキになって否定する。男が駄目だということより、恋した自分を想像するだけで気持ち悪い。自分よりも男が大事になり、男に尽くし、男を待つ。それが人生の総てとか哀しくなるぞ。恋焦がれたり嫉妬したりするのも真っ平御免だ。朝子には万一自分が恋したら「命をかけて相手に熱中してしまう」との確信があり、それに恐怖している。「自分大好き」朝子は、己より恋人を優先する事態が許せない。殿方を想って溜息を吐く図なぞ頭に浮かんだだけで鳥肌もの。

 それに今は、他人の色事の情報収集と観察で忙しいのだ。


「朝様は御所で綺麗な姫君をいっぱいご覧になれて、羨ましい」

「まぁ、べべは綺麗だけどな。でも梓の方が美人だよ。梓より上はいないな。大体、目がな、どんよりしてて病人みたいなのばっかりだ」

「またまたぁ」

「ホントだよ。公家って外にも出ず働いてないから、男も女も皆プヨプヨなんだ。赤さんみたいにスベスベの肌で、顔は爺様婆様。物の怪だよ。気味が悪いぞ。お天道様に当たってないから、まともに育ってない。やる事ないから人の陰口ばっかり。酷いぞぉ。よくぞあそこまで、ひとの気分を逆撫でできるかと慄くわ。骨の髄まで性根が腐っとる。人格者の朝でも流石に我慢しかねる。で、ひ弱のクセに酒ばっかり呑むからコロッと死んじゃう」

「でも、源氏の君とか素敵ですやん」

 現実にいないからオハナシになるんだろうなぁと、朝子は声を潜めて、

「なぁ郁、桐壷きりつぼ更衣こういが嫌がらせで通路に・・・何というか、ほれ、汚物ぶちまけられるだろ。あれな、あれは作り事じゃないんやで」


 朝子は所作がひどく幼いときがある。世間ずれしてないというか、常識というようなことに疎いこともしばしば見受けられる。尼寺という閉鎖された空間に長くいた所為か。

 反面、朝子は器用というか、ビックリする程、様々な芸を持っている。縄を綯ったり木に登ったりもできる。白拍子の舞いを披露したかと思えば、何と!逆立ちや宙返りまで繰り出す。「空中で捻りが出来るのは、朝だけ」だ、そうだ。

 朝子は物真似が上手い。動物や鳥の声色ばかりでなく、ひとのしぐさもそっくりできる。家人達の癖なども驚く程見事に再現する。見ていないようで、しっかり観察しているのだ。形ばかりでなく、心というか考え方までモノにする。最近、梓に似てきた。というか、梓のマネをする。当初は男を避けていたが、この頃では変に絡んでくる。満面の笑みの梓が寄ってくるのは嬉しいが、挑むような朝子に家人達は怯えている。男勝りは、おきゃんな梓だから可愛いのであって、文字通り上から目線の朝子では恫喝にしかならぬ。

 意外と学問好きで「顰蹙ひんしゅく」などと手本があっても書けないような字を平気で文に使う。ただ歌は「下手だと言われた」から詠まない。有識故実に明るいが偏りがある。作法等も心得ているが雑だ。どれもこれも一通りはこなすが、いい加減なのだ。適当に自分流に変えてしまう。


 粗忽といえば、何と自分の干支を間違えたりする。

「ネズミだよ。甲子きのえね・・・じゃないや、梓と同じ己未つちのとひつじだ。ヒツジ、ヒツジ!」

 絵の方も、お世辞にも上手いとは云えないが、本人は好きなようだ。

 例の二位法印の屏風の虎はこんなのだと誇らしげに描き上げたが、何が何だか判らない。画面いっぱいの緑のトゲトゲは竹林だという。その真ん中にうずくまっている黄色に黒い筋の引いてある蛙みたいなのが「虎」であると。ははぁ、南蛮には奇想天外な化け物がおりますなと、皆に誤った知識を植えつけてしまった。

「郁を描いてやる」と小半刻も動くなと座らせていたのに、出来上がったのは頭が異様に大きく目が離れ口は耳まで裂けている。

「いっ郁は、郁は、こんなんじゃありませぬ!」

 号泣抗議が余程堪えたものと見え、以降朝子は絵筆を折った。


 朝子には空想というか創作癖があった。ああでもない、こうでもない、どうしようと、飯時でも上の空で構想を練る。朝子は暇さえあれば、例の「私室」に閉じ籠って、何やら書きものをしていた。誰かが呼びに来ると、慌てて隠す。何を書いているのですか?と訊ねても、「えへへへ」と誤魔化してしまう。時折、朝子は家人達に「朝に逆らうなよ、悪者にしちゃうぞ」と笑って煙に巻く。

 あれは一体、何だったのか?・・・朝子がいなくなってから、どうしたのだろう?


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