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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
31/83

十一、

「綸言、汗の如し」

 朝子の座右の銘である。汗が体内に戻らぬように、一旦発した言葉は、取り消したり訂正ができないということだ。朝子は事ある毎に家人達にも諭す。が、朝子くらい言ってることとやってることが違う人間もいない。文字通り朝令暮改。前言撤回や掌返しに二律背反、針小棒大な言行不一致に皆振り回される。

 堪えかねて苦情を入れるが、朝子はどこ吹く風。

「朝が凄いのは、誤りがあれば即座に訂正できることだ。大人共には体裁や面子が邪魔して、できぬ者が多い。駄目だと判っていて変えられぬから失敗する。恥は一時、頭を下げるだけではないか。人間は素直でなければならぬ」


 朝子は、戦や政の話が好きだ。殊に前時代の源平を熱く語る。

 朝子は源氏のクセにどういう訳か、妙に平氏贔屓なところがあった。中でも平清盛を絶賛!

「平大相国清盛殿は凄いぞ。たった一人で天下を掌握した」

 平氏は清盛が全部やった。皇統の対立をまとめ、寺社の僭越を退けた。農地を拓き、交易を奨励した。人情に篤い。戦も強い。清盛は傑出した人物であった。

「それが何故、福原に遷都なんかしたかなぁ?あれでおかしくなっちゃったろ?」

「宋との交易を重視したのでしょう」

「だったらいっそ博多か敦賀にしようぞ。女子でもいたのかなぁ。また京に戻るのも変だ」

「公家や北嶺南都の反対に耐えかねて・・・」

「あの時分、平相国殿の全盛ぞ。逆らえる者はおらんだろ。やっぱり女子か」

 平氏は、清盛の他が全然駄目だ。だから滅びた。本当にロクなのがいない。「平氏にあらずんば人にあらず」の時忠ときただとか、水鳥の羽音で逃げ出した維盛これもりだの。世間では割と評判の良い重盛しげもりにしても実は失敗が多い。清盛はこうした間抜けな一門に足を引っ張られ続けた。

 清盛の唯一、そして最大の致命的欠点は「甘い」ことである。一族は勿論、敵にも甘い。清盛は、義母・池禅尼いけのぜんにの嘆願により、敵将・上総御曹司かずさのおんぞうし義朝よしともの子頼朝を助命した。

「ありえない!敗将の子は成長すれば必ず仇討ちする。その危険は充分承知していたはず。禍根は断っておくべきだったのだ。それみろ、結局一族が滅んだ」

 清盛が救ってくれなければ、頼朝は十三で打首。当然朝子はこの世にいない。にも関わらず、朝子は繰り返し繰り返し、清盛の温情を平氏のために悔やむのだ。 

 一方で、朝子は己の源氏一族のことをよく判っていない。血縁であるのに庶民並みの知識しかない。頼朝・義経よしつねの他は何とも頼りない。源三位頼政げんざんみよりまさの鵺退治に、木曾義仲きそよしなか巴御前ともえごぜんくらいか。悪源太義平あくげんたよしひらや鎮西八郎為朝の名はスラスラ出てくるのに、新宮行家しんぐうゆきいえ蒲冠者範頼かばのかじゃのりよりとなるともう判らない。常盤御前ときわごぜんの「操を棄てて操を立てる」なんてのは異常に詳しいのに、その良人義朝が祖父であることにしばらく気づかなかった。その上、あろうことかあるまいことか、この祖父義朝と父頼朝をよく混同する。一体、どうすればそんな間違いになるのか。何といっても、父頼朝が尾張の生まれと知らなかった。更には頼朝の生母が、熱田宮司の娘と聞いて目を丸くした。「由々しき事態であるな。宮司の娘でも結婚するのか」  

 それでも、朝子は源平の武将で誰が一番好きかと問われれば、源九郎判官義経と迷わず即答!

 朝子にとって、憧れ・理想の男性だ。実際、義経は神懸かっていた。一の谷、屋島、壇ノ浦で、ありえない勝利を収めている。朝子は、鵯越えの逆落としに興奮!痺れた。あの時の義経には天が味方した、としか考えられない。朝子は、義経の後の悲劇も含めた疾風怒濤な生涯に、感動し身を焦がした。


 ある時、「六波羅が数万の軍勢に包囲されたら、どうする?」という話題になった。

 朝子は間髪容れず「屋敷に火を放って、そのドサクサに紛れて逃げる」

 うむ、朝様らしい。一同笑いに包まれたが、この時朝子は何故か妙に本気であった。

 大勢で逃げると目立つので各々別に落ちろ。二・三日は山中に潜伏し、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らい脱出せよ。移動は夜間。近江の堅田等、旧源氏の勢力圏内は先回りされている可能性が高いので避けること。尾張熱田の宮に集合すべし。美濃や三河で兵を集め東海道を攻め上るのだ。その間に関東源氏の足利・新田・武田に檄を飛ばし、彼等と呼応し鎌倉を挟み撃ちにする・・・

「事は迅速に進めねばならぬ。一日遅れればそれだけ成就が遠のくと思え。よって十日以内に熱田に来ること。といって見つかってしまったら元も子もないので、多少の遅参は許す。・・・元盛、特にお前が心配だ」


 朝子は、家人の秀澄とよく喋った。秀澄は六波羅の家人筆頭である。長身で、朝子と遜色ない。そう言われると、朝子は血相を変えて「秀澄の方が高い」と主張するが決して並ぼうとはしない。その秀澄を相手に様々な話をする。そんな二人は遠目から一対のお雛様のようで「お似合い」と、聡と梓は忍び笑う。しかして実態は、そんな雅なものではなく、朝子と秀澄は時に声を荒げて論争する。

 四代将軍ともなれば、兵馬に精通せねばならぬ。朝子は、秀澄と紙を広げて図面を引き空想の合戦をしばしばおこなった。人数や大義名分、地形や天候等を定め闘う。双六のように勝敗は賽で決めた。渡河や夜討ちは丁半で成否。少人数での奇襲は一の目で成功、他では全滅、という具合に。朝子は、義経も真っ青の破天荒な戦法を繰り出す。奇襲奇策を好んだ。自ら下女に化け敵陣に単身潜入し大将の首を獲る、などという作戦を立てる。秀澄が「いくらなんでもそれは無理」と撥ねつけても押し通す。

日本武尊やまとたけるのみことはだなぁ、女装して熊襲くまそを討取ったのだぞ。女装!男が、女の、恰、好、で!気色悪いだろ。むくつけき男が女に化けて騙せるくらいなら、朝は正真正銘、立派な女子。しかもだ、朝には、久米仙人くめせんにんも堕とさんとす零れるような色香があるからの。敵将もイチコロだ。ところで、朝の演技は完璧ではあるが、本来ならお姫様役で下女は少々苦手でな。隠しきれぬ高貴さが仇となって発覚するやもしれん」

「・・・そこまで仰るのなら、三回振って総て“一の目”だったら成就としましょう」

 それは酷いと、朝子の猛抗議も「ならば、お諦めなさい」と秀澄は譲らない。朝子は渋々賽を振った。最初で五が出てしまった。

「朝様は門前で捕まり首を刎ねられますな」

 かように賽はことごとく裏切り、瞬く間に朝子軍は秀澄軍に包囲されてしまう。こうなると、朝子は癇癪を起こし「止めだ、止めだ!もう知らん」と席を立ってしまうのだ。

「朝様、大将たるもの勝負を投げてはいけません。旗色が悪くなると拗ねるのはやめてください。実戦でもそうなさるおつもりか?」

「朝は大局を見据えておる。ひとつふたつ合戦を落としても捲土重来を期す」

 朝子は、図面の戦では大概負けた。その結果、貴重な教訓を得たという。

「戦は、武人ひとりひとりの優劣ではなく、数が多いほうが勝つ!」


「武家に天下を簒奪されたというがの、そなた等公家がだらしなかったからだぞ。大体、歌詠んで祈っているだけで国が治まるか。そもそも間違っておる。世のため、ひとのために汗を流して働く者が上にたつのは道理であろう。法は守らねばならん。決めごとが守られねば、国が乱れる元だ。律令は厳格に施行すべし。私情を挟む余地はない。身分によって法が曲げられるなどとあってはならんことだ。上の者程、罪を厳しくするのが当然である。働いた者は褒美を得、咎あるものは罰せられる。これが公正に行われねば何を信じていいか判らなくなる。この世は闇だ」

 そこで相談だがと、朝子は姿勢を改めた。

「褒美に土地を与えていたらそのうち無くなっちゃうぞ。銭ではいかんかの?」

「名誉があるから死を賭して働けるのです。ひとは銭では動きません」

「朝は銭のほうが嬉しいがな。朝は銭で動くぞ。嘘だと思ったら試しに幾らかくれ。逆立ちでも宙返りでも何でもやってやる。銭はいろんなものが買えて便利だ。銭がないと苦労するが、銭があり過ぎて困ることはない」

 朝子は量刑にも言及。

「一寸した喧嘩とか、ウッカリ物壊しました、なんてのは“二度としません”の誓約と銭で勘弁してやるがの。無論、人殺しや強盗なんかは駄目だぞ。理由の如何に因らず斬首!あぁ姦通もいけない。他人ひと嬶様かかさまを寝取るなぞ、言語道断!秀澄、気をつけろ」


 朝子は、海を渡りたいとも語る。海の向こうにはまだ見ぬ世界が広がっているのだろう。唐天竺、大陸に行ってみたい。そこには鳥のさえずりのような言葉を発し、墨を塗ったように真っ黒い肌の人が住む地があるという。本当ならば訪れてみたい。誰も知らない場所で暮らすのも良い。朝子は遥かな想いを馳せる。異郷に、誰も知らない場所に、朝子の国を建てる。そこには戦も疫病もない。食物が豊富で、安心して眠れる国だ。国号も決まっていて「あまくに」と云うそうだ。

「ところで、唐土は酷いなぁ。一族皆殺しとか、墓を暴いて死者を冒涜だの。敵を煮て喰っちまう。嫉妬に狂った本妻が、妾の手足切り落として便所に放り込むんだぞ。正気の沙汰じゃない。皇帝も凄いぞ。気に入らん書を全部焼いちゃったり、悪口言った学者を穴掘って生き埋めにしたり。とにかく限度と言うもんを知らぬ。朝もこれまで随分苛められて復讐したい奴がゴマンといるが、さすがに理性が邪魔してそこまではできん」

 あと、「宦官かんがん」もおるしなと、朝子は意味ありげに秀澄に囁いた。

「カンガンとは何ですか?」

「皇帝に仕える高級官僚だ。朝もそのうち置こうと考えている。そしたら秀澄を一番に任命してやる」

 ありがとうございますと秀澄は頭を下げたが、後日詳細を知って戦慄!


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