三、四代将軍源とも、紅蓮ノ炎ヲ脱ス!
頼朝公・とき葉の純愛の結晶、ともは尼として穏やかな生涯を送る・・・はずであった。
ともは、政所別当・大江広元の計らいで京山科の知栄院に送られた。住持は当代一といわれる尼僧、昌恵。ともは、法名「春香」として厳しく辛い修行の日々。春香はよく耐え、よく勤めた。昌恵も「さすがは頼朝公ご落胤!」と舌を巻く。早くも、春香は知栄院の後継と目されたのです。春香には鎌倉から、あずさという娘がついてきていた。大江広元の末娘、美しく優しい。その実、監視役であった。あずさも「桂香」という名で出家。春香は桂香によく懐き「ねえさま、ねえさま」と睦まじい。桂香もまた、間諜という使命以上に、春香を愛おしく思います。ふたりは本当の姉妹のように寄り添っていました。このままひっそりと生きていければ・・・
しかし苛酷な運命は容赦なく、春香を乱世に投ずるのです。
東国の一豪族に過ぎなかった北條氏が、いかにして天下に覇を唱えたか?
きっかけは、伊豆の流人・源頼朝である。
北條時政は、頼朝を大いに見込んだ。不遇の時代から協力援助を惜しまない。娘政子を嫁がせ、結束はより強固となる。頼朝に「平氏追討」が宣下されるや、一致団結し挙兵!艱難辛苦、遂に平氏を壇ノ浦に葬る。頼朝が鎌倉に幕府を開けば、北條の地位も飛躍的に重くなっていく。
ところが、北條及び東国武士団としては、まだまだ不足である。即ち、
「頼朝に従って勝利したのではない、頼朝を棟梁に担いで天下を獲ったのだ!」
だから彼等にとって、頼朝死後、子であるというだけの頼家・実朝は素直には受け入れ難い。物足りないならまだしも、奴等は「生まれながらの将軍」という態度をとる。命がけで勝ち取った武家の世は、それに相応しい者が継ぐべきだ。頼朝の最も近くで最も長く死力を尽くし戦ってきた北條には、その犠牲に見合う報酬があってしかるべし!
北條は、ゆっくりと牙を剥いた。まずは新将軍頼家を、我儘な振る舞いが多いと押込め、後に謀殺。跡を継いだ実朝は権限を大幅に削られたあげく、暗殺された。
恐るべしは北條政子!己が腹を痛めた我が子を平然と死に追いやるとは・・・
政子には強烈な意志がある。
「武をもって天下を治める」
頼朝が目指した社会。志半ばで倒れた夫、さぞ無念であったろう。政子はこの一大事業を引き継いだ。そうして創り上げた、幕府!
その思想を穢すものは、たとえ息子でも許すまじ。
政子は弟義時と謀り、実父時政をも追放した。更に頼朝以来の家人の多くを「謀反の疑いあり」と討伐!もう邪魔する者はいない。尼将軍・政子、執権・義時!遂に政子は幕府を取り戻した。
この支配を万全なものにするため、政子は皇族から将軍を迎える策を講じた。
「朝廷の権威」と「幕府の武力」が合体すれば、これまでにない強大な国が出来上がるであろう。
政子にとって、春香は目障りな存在であった。女とはいえ、今や将軍家唯一の生き残り。「宮将軍」を擁す平氏北條には、源氏なぞ無用。むしろ害悪である。禍根を断たねば!政子は京に刺客を放った。
春香はふと目覚めた。遠くで何やら物音がし、それが近づいてくる。胸騒ぎ。春香は外を伺う。驚くまいか、土塀を乗り越え何者かが侵入してくるのが見えた。
「ねえさま、起きて!賊だ。春香を殺しに来た・・・」
確信があった。この建保七年正月、兄の三代将軍実朝が殺された!
何と何と白昼堂々、衆人環視の中、源氏所縁の鶴岡八幡宮にて、時の将軍が甥に討たれる大事件!更に不可解は、下手人とされた公暁も直後に殺される。いったい何のために?糸を引く者があったのか。謎が謎呼び真相は闇の中。
しかし、春香には判っていた。
「政子だ!」
北條の仕業に違いない。源氏の血が邪魔になったのだ。そして当然、次の標的は将軍家最後の生き残り、春香!
「ねえさま、逃げよう!」
春香は素早く身支度を整えた。こんなこともあろうかと、常日頃準備は怠っていない。ところが、桂香は頭を振った。
「春香様、桂香は行けませぬ。桂香は大江の娘、あずさなのです。父様には逆らえません。あずさがここで、春香様いや、とも様の身代わりとなりますので御一人で逃げてください」
そう言うと、桂香あずさは部屋に油を撒き火を放った。
「さっ、早く!」
逡巡する間もない。後ろ髪を引かれる思いで、春香は単身脱出。裏山に隠れこんだ。眼下に寺がある。既に寺は紅蓮の炎に包まれていた。
「消せ!消せ!」
思わぬ事態に刺客共は、慌てて大声で怒鳴っている。しかし、火の回りが早く容易に近づけない。ドン!炎が屋根を突き抜ける。ゆっくりと崩れ落ちていく本堂は美しいまでに残酷であった。灼熱地獄・・・春香は茫然と眺めていた。
「ねえさま!」
春香は泣いた。とめどもなく滂沱の涙が溢れた。
ねえさま、ねえさま、ねえさま・・・仇はきっと取ってやるぞ。
その後、春香は鞍馬山に潜伏。この地はかつて、九郎判官義経が幼少時代を送った場所である。春香は、牛若丸を鍛えた天狗から剣・弓・馬術等、武芸を仕込まれる。春香は女ながら長身で手足が長い。動きも敏捷。会得が早く、天狗達は驚いたり喜んだり。また、夜は夜で仙人から政治・経済・軍事・医術・忍法を学んだ。春香は必死で吸収し、臥薪嘗胆、捲土重来を期す。そのうち春香の噂を聞きつけた、源氏の残党や幕府に恨みをもつ者共が集まってくる。その中には忍者の英次や、妖術使いコウケツ等がいた。いずれも「春香の為なら命もいらぬ!」と忠誠を誓ったのだ。
今や鞍馬山は、反北條の梁山泊といった様相を呈している。