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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
28/83

八、

 朝子は毎日、六波羅屋敷を出発して御所へ向かう。女だてらに騎馬にて颯爽と進む姿は、どこか浮世離れした絵巻物のようであった。細身で長身、凛とした顔つきには笑みさえ浮かべている。そもそも高貴な御方は姿を見せないものであった。お成りになっても牛車の御簾に影が僅かに揺れるのを拝むのが精々であった。だから都人の誰も帝を頂点とする貴人の顔を知らない。見れば、勿体なくて眼が潰れると信じてきた。それが、従五位下四代将軍源朝子様は堂々と素顔を晒す。前代未聞であった。まして女子ある。婦人は年増ともなれば庶民ですら、人前には出ぬようになるもの。それを花をも恥じらう乙女がですよ、堂々と!

 ひとびとは驚き、そして狂喜!夜が明ける前から六波羅屋敷の前に詰めかけ門の開くのを待った。そして、朝子が現れると、割れんばかりの拍手喝采!民衆は行列の後に続いて御所までゾロゾロついてくる。朝子が門内に消えそして出てくるまで、彼等は辛抱強く待っている。そして帰路も、朝子のあとをついて六波羅まで戻ってくるのだ。これが連日、飽きることなく繰り返された。


 源朝子の行列は物議を醸した。貴い女人が下々に姿を晒すとは何たる破廉恥!

 この批判に、朝子は毅然と反論。

「四代将軍は武を以て帝にお仕えしている。王城の守護が任務。然るに行列といえど、それは軍事行動の一環である」

 成程、護衛は鎧兜に身を固めている。だが肝心の朝子は平装なのである。

「朝は、弓矢八幡大菩薩及び歴代将軍の御霊に守護されておる。鬼神も寄せつけぬ」

 しかし、これには家人達が心配し武装を奨めた。

「丸腰は危のうございます。万が一を考慮し御身を大切になさってください」

「危ないとは、どう危ないのだ?」

「敵が襲ってきたらなんとします。洛中では逃げ場はなく、防戦もままなりませぬ」

「そのために、そなた等がおるのだろう。それに、朝をどうやって襲うのよ?都に白昼堂々、兵なぞ入れられまい。たとえ少人数での待ち伏せも大路の真ん中は目立つぞ。弓で狙うにしてもだな、この道幅で馬上の朝をどう射る?角度が足りないぞ。地べたに這いつくばるか、屋根に登って射るしかない。一丁先からでも見つかるわ。それにな、矢なんてそうそう当たるもんじゃないだろ。そなた等は動かぬ的だって外すくせに。鎧兜してたって隙間に刺さることがあるぞ。要は運だよ、運!流れ矢に当たって死ぬようなヤツには武運はない。軍神に見放された者に将軍なぞ務まるか。朝は四代将軍である!畏れるものなぞ何もない!」

 家人達は感動した。この御方のためなら命もいらぬと燃えた。瞳がランランと輝いている。

「いや、あのな」朝子は後ずさりしながら慌てて手を振った。

「実を言うと鎧が重たいんだ。あんなもん着てたら身動きができん。転んだら、ひとりで起きられん。暑いし、臭い。これでも朝は、か弱き乙女なのでな」


 朝子は連日、御所に赴くが別に用事なぞない。

 公家共から陰湿に疎外されているが、朝子は意に介さない。隅のほうで黙って座っている。かと思ったら、そのうちフッと居なくなる。

 朝子は御所内を当てもなく徘徊し庭を抜ける。すると、やけに賑やかな一角があった。静謐を旨とする禁裏で、はて?見れば、舎人とねり達の控えの間だ。彼等は各々の主人が退出するまでここで待つ。丁度、巷で噂の四代将軍を肴に盛り上がっていたところだ。そこへ当の御本人様がずけずけと乗り込んできた。舎人共の驚くまいか。仮にも殿上人がこんなところに来ようとは!ましてや、女子である。前代未聞であろう。朝子は一向お構いなしで男共に割り込んで座る。手前の男に「どちらの御家中の者か?」と問うた。

「あぁ治部少輔様か。何時もビックリしておられるな。目がクリクリッと可愛い」

「修理亮様!存じておるぞ。鳥羽僧正とばそうじょうの画で相撲とってそうな御方だろ?」

「弾正大忠様は、畏れ多くもどこかでお見受けしような気がしてならなんだ。随分引っかかっていたが、昨日雅楽を聴いて遂に判ったぞ。あの琵琶だよ、琵琶。真っ直ぐ立てるとあの下膨れ具合なぞ、お顔そのまま。以来、朝の頭の中で“ベローン、ベローン”って琵琶の調べが離れん」

 舎人共はひっくり返って大笑い!

 それから、朝子は次々と彼等の主人に綽名を付ける。物真似する。それがいちいち絶妙で拍手喝采。朝子はいよいよ図に乗り、

「さてさてお立合い、千番に一番の兼ね合い!左大臣様をご覧んにいれる!」

 九条道家の一挙手一投足、口調から仕草までそっくりそのまま、顔を歪めてお馴染みの舌打ちからネチネチ叱言こごとまで完璧に再現!

「もう勘弁してくれぇ」一同、涙を流し腹を抱えた。

 神妙厳格であるべき宮中でこの乱痴気騒ぎ。朝子と舎人共はすっかり意気投合。翌日にはもう顔と名前を憶えており、朝子のほうから気さくに手を振り声をかける。これでは男はたまらない。

 かくして、四代将軍源朝子の崇拝者は下層から広まっていった。



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