七、
朝子の家人には院御自ら、西面の武士より選抜してくれた。
西面の武士は「幕府に対抗するためには、朝廷も武力を持たねばならぬ」と院が創設。多くの若い貴族が応募してきた。彼らは武家の台頭には忸怩たる思いを募らせている。他方で、そうなった一因は往時の貴族がだらしなかったからだ、とも認めていた。二度とその轍を踏まぬよう、力を持たねばならぬ。かつての栄光を取り戻そうと士気も高い。
その誉れ高き西面の武士が何故、武家の、しかも女子の家人に、ならねばならんのだ!
藤原秀澄は内示を受けて、院に喰ってかかった。秀澄は秀麗眉目の美丈夫。宮中でも度々浮名を流してきた。一方で内に秘めたる野心や激情をも持ち合わせている。秀澄の一族は、武をもって朝廷に仕えてきた。兄の秀康は北面の武士である。秀澄は人一倍忠心篤く、院に命を奉げる覚悟。嗚呼、それなのに!
院は、秀澄の真直ぐな態度を頼もしく思い、こう諭した。
「源朝子は、ただの女子ではない。故右大将の娘である。幕府を支配する北條を突く矛となりうる。また武家の人質と思え。仕えるのではなく監視の為。たって、そちに頼むのだ」
秀澄は感動した。そして院の深謀遠慮に、己を恥じた。それからは不満を口にする同輩を説得し、六波羅に乗り込んできたのだ。
ふん、これが頼朝公の娘か。確かに大柄だが、まるっきり、おぼこではないか。新たな主人に引き合わされ、秀澄は闘志を燃やした。しかし、朝子は全く頓着せず、美丈夫な秀澄を見るなり「助平!」と指さした。
朝子はそれから次々と、目通りした家人に綽名を付けていく。
橘善行は巨躯である。身の丈六尺、三十貫はあろうか。この善行、髭面に似合わず歌人でもある。外見だけで十人力くらいありそうなので、僧兵あがり「山門の暴れん坊」と設定。名は「ヨシユキ」だが、朝子は「ゼンギョウ」と呼ぶ。「そのほうが荒法師っぽさがでるだろ?」
朝子より背が高いのが、お気に召した。ちなみに四代将軍様は花も恥じらう乙女故、お身丈・目方は極秘、最重要機密である。
何事も几帳面な四代将軍、善行の背丈を正確に計測させた。結果は何と五尺九寸!
「ほらな!この大男で五尺九寸なのだぞ、五尺九寸!六尺などと偽ってもこのザマだ!左様、六尺とはかくも人外な値なのだ。しかるに世間では朝のことを“六尺美人”などと揶揄する。美人はともかく、あたかも背が六尺あるかのような悪口雑言!朝は善行より遥かに背が低いのだぞ。ひとの眼がいかに出鱈目であるか!”六尺”が謂れのない誹謗中傷であることがハッキリ証明されたのだ!」
まぁ厚みがあるので善行の方が確かに巨大。並んでみれば身長差は精々二寸弱といったところでしょうか。それでも、朝子は公の場では必ず善行を伴った。そして善行を下から見上げて満足気に頷くのです。
逆に佐々木広綱は極端な小柄。背は四尺そこそこ。俊敏で貴族らしからぬ野性味があった。
「目付きがいいな。小っちゃくて黒くて強そうで、カブト虫みたいだ」
そのまま「カブト」と命名。更に朝子は、カブトの生い立ちまで創った。
「羅生門に捨てられた孤児カブトは復讐のため、公家専門の盗人となる。ところが六波羅屋敷に押し入ったのが運の尽き。捕らえられたところ、聖女朝子の慈悲により助命される。救われたカブト、心を入れ替え四代将軍に絶対の忠誠を誓うのだ!」
広綱は嫌がったが「羅生門カブトの物語」は六波羅内部のみならず、広く世間に定着してしまった。
代々の武家貴族である平良治はおっとりとした性格である。
「平・・・」の名乗りに、朝子はキャッと大喜び!「平氏だ、平氏だ!」
妙なことに、朝子は平氏は壇ノ浦で一人残らずこの世から消えたと思い込んでいた。ところが都に来て見ると滅亡したはずの罪人、平氏が大手を振って歩いているではないか。ビックリ仰天!訊けば別流というものがあるそうな。西海に沈んだのは所謂「伊勢平氏」下総や常陸にも平氏はいる。と云うか、武家の朝子がそんなことも知らないのが余程驚き。源氏だって将軍家以外にも多くあるのに。だから西面の武士に越後平氏良治がいて、朝子の家人に出向しても別に不思議ではない。
それでも朝子は「源氏の家人に平氏がつく」という因縁因果を熱弁する。
遂に良治を「北條に命じられて、四代将軍の首を狙う平家の落武者」に仕上げてしまった。
よしよし、平氏らしい名前をやろうと、料紙を広げる。やっぱり”盛”がないとな・・・うむ、「朝」の一字を与える!「平朝盛」でどうだ。「タイラノトモモリ」ん?「トモモリ」は聞いたことがあるな。あっそうか、権中納言知盛殿と同じ音だ。うーん、畏れ多いな。んじゃ「トモ」をひっくり返して「モト」にしよう。「タイラノモトモリ」、どうだ?「モトモリ」うん、決めた。字?「モト」は・・・「元」だよ。「元旦」の「元」!「元気」の「ゲン」とも読めるな。お、いいぞっ!「ゲン」は「源」に通ずる。すなわち平氏の中に源氏を呑みこんでおる。しかも主人の名を逆さにして密かに叛意を込めるとは、なかなか芸が細かい。一族の仇、源氏の世を転覆させんと呪いをかけているのだな。復讐の鬼と化した執念。凄い、凄すぎる!嗚呼、武士の鑑であるな。「平元盛」聞けば聞くほど良い名じゃ。皆の者、以後、良治などと世を忍ぶ仮の名で呼びつけてはいかん。「平元盛」殿と、お呼びせい!
朝子ひとりで悦に入っている。かくて朝子が捏造した家人共の履歴は瞬く間にが広まり、かなり長期間に渡って信じられた。その所為で、彼等の出自を巡り後世の歴史家は少なからず混乱した。




