六、
四代将軍源朝子は、加茂川の東岸にある六波羅に屋敷を下賜された。源将軍家当主として名目上独立させねばならぬ。万事、形式が好きな公家社会らしい。
「六波羅」と聞けば、前時代の嫌な記憶が甦ってくる。平大相国清盛が夢の跡。平氏の驕慢の象徴であった。「平氏でなければ人ではない」あの忌まわしい暗黒時代。忘れようにも忘れられない、拭っても拭いきれない、あの頃は・・・そう、生き地獄であった。
その六波羅にあえて源氏遺児を住まわすとは、朝廷も底意地が悪い。などと、都人の義憤を買ったものだが、意図はともかく単に空いていたからである。
「温ったかい、おまんま。暖ったかい、寝ぐら。それがあれば良い。それだけで良い」
朝子は、よくこんなことを言った。この二つが満たされれば、ひとは争いなどせぬ!と朝子は力説する。そして、それ以上の欲をかくものではない、のだそうだ。それだけに広大な屋敷を得て、朝子は身の置き場に困った。暑さにも寒さにも風雨にも耐えられる家は、朝子の憧れであった。が、こんなに大きく頑丈でなくてもいい。
庭に面した奥座敷の裏側に細長い隙間がある。侍女の控えか物置にでも使っていたのだろう。朝子はここが気に入り「私室」と名付けた。什器は文机ひとつ。そこには誰も入れない。結界だという。六波羅の朝子は、ほとんど「私室」に籠りっきりとなる。夜もひとり、隅っこで丸くなって眠った。
この六波羅の屋敷に、卿ノ局が女人を遣わしてくれた。朝子の世話と、まぁ監視の為だ。卿ノ局は、朝子と皇族の縁組を画策している。それ故、間違いがあってはならぬ。悪い虫がつかぬよう充分注意せねばならない。また殿上人として、それなりの躾が必要である。朝子はそこそこの教育を受けているようだが、どうも落ち着きに欠ける。短期間で仕込むよう、最強の布陣を送り込んできたのだ。
卿ノ局の思惑が何処にあろうとも、好意であることは間違いない。そのことは、腹心の梓を寄越したことでも判る。梓が来てくれたので、朝子は喜んだ。梓は早速テキパキと事を運んでいる。美人で働き者。正治元年己未の干支だから、朝子と同年のはずだ。小柄だが態度は大きい。死んだ亭主が酒呑みで「男はもう、こりごり」と明るい。
他に、聡。六十がらみの白髪太り肉。よく喋るが手はあまり動かない。朝子の教育係だ。朝子は物覚えは早いが、大雑把というか自己流に変える悪癖がある。それを聡は、いちいち訂正してくる。朝子、流石に閉口!
「大体合っていて、それらしく見えれば良いではないか。朝のやり方のほうが簡単で見栄えがするぞ。それとなぁ、発音くらいはいいであろう?意味が通じれば・・・田舎の出ゆえ、勘弁してくれ」
しかし、聡は徹底していた。作法とは寸分たりとも違ってはいけませぬ。指一本、角度が違えば、それはもう別物であります!朝子は出来るまで、何度でもやり直させられた。
郁は十二。卿ノ局の養女である。抜けるように色が白い。朝子は「可愛い可愛い」と一緒に遊んでいる。「これまで朝の人生には年下がいなかった、朝は常に下っ端だった。ようやく念願叶った」と、周囲が訝る程のご満悦。ただ本当に子供の相手をしたことがないようで、手加減というものを知らない。十二の少女に対し、朝子は本気で対応する。郁が粗相すれば家人同様、厳しく叱責。問答はとことん論破。双六や碁、貝合わせでも全力で勝ちに徹し容赦なく叩き潰す。そうして郁を泣かせ「大人気ない」と聡や梓に窘められるのだ。郁は毎度泣かさながらも、健気につき合っている。余程人間が出来ていると専らの評判。その郁だが、卿ノ局より「朝子の日常を知らせるよう」命ぜられており、毎日文を書いている。郁は、朝子の前でも堂々と文を書くので見張り役がバレてしまっている。朝子曰く「そこがまた可愛い」
いずれも歴とした藤原一門の姫君である。が、口さがない京雀にかかれば、
「この女共は物の怪である。北條政子が送り込んだに違いない!」
梓は「九尾の狐」、聡は「安達原の鬼婆」、郁は「座敷童」にされてしまった。
朝子はこの噂に「我が意を得たり!」と膝を叩いた。




