四、
夜明け前に、ひとりの雲水が京に入った。雲水は四十がらみ。厳つくてとても出家とは見えぬ俗な形相だが、笑うと愛嬌がある。旅から旅、雲水は東国から流れてきた。こうして、都に足を踏み入れるのは何年振りだろう。思わず懐かしさに頬が緩む。生臭坊主である。今宵は祇園に繰り出そうぞ。雲水は、ほっほっほっと、急ぎ足になってゆく。
陽がさしてきた。おやおや、もう既に大勢の人が外にいるではないか。はて、どうしたことか?何やら以前と違う、妙な気配を雲水は感じた。ざわついている?その違和感は、洛中に歩を進める度に増大していった。どう言っていいのか、賑やかで浮足立っているのだ。道行くひと、皆笑顔!祭りでもあるのか?雲水は首を捻った。
まだ早朝というに、都大路は大変な騒ぎ。民衆が口々に何やら叫びながら走ってゆく。老若男女、町人もいる。百姓もいる。武家も僧侶までも。熱狂の渦、興奮の極み!
何事か?と雲水は、傍らで目を輝かせている商人体の中年男に訊ねた。
「坊さんは、どちらからおいでやす?あんさんは運がいい。今にお通りになります」
「誰が?」
「将軍様ですよ」
「?!」
わぁっという歓声。雲水が振り向くと、鎧武者に囲まれて、そのひとは馬上静かに進みゆく。男は、雲水の衣を乱暴に引き、口角泡を飛ばす。
「四代将軍様です」
そのひとは白い直垂、水干を身に着け、立鳥帽子を被り白鞘巻きの刀を帯びている。かなりの背丈。そう長身ではあるが細身で華奢。顔が小さく目と耳が大きい。首が長く手足も長い。所作は優美で、さながら水辺に鶴の舞うよう。己に向けられる熱狂も意に介さず、伏し目がちに小首をかしげ口元には笑みさえ浮かべている。その表情からは、まだ少年のあどけなさが残る。いや、待て。少年ではない。そのひとは女だ!どう見ても女だ。女が武家の装束。群衆は狂喜乱舞。奇声をあげ、無闇に駆け出したり、踊ったり、土下座して拝んだりするのまでいる。満都の興奮は最高潮に達した。
隣の男は感極まって泣いている。
「四代将軍源朝子様であります!」
雲水は呆気にとられた。何なのだ、これは。そうやって、その四代将軍源朝子様とやらが通過するのをポカンと口を開けて眺めていた。チラと横顔が見えた。
「!」
雲水は言葉を失った・・・




