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四代将軍とも  作者: 山田靖
四代将軍記
22/83

二、

 春香は還俗し、名を「朝子」に戻した。

 そうして、朝子は卿ノ局に連れられて「治天の君」院を訪ねた。無論、お忍びである。

「治天の君」院は先の帝である。幼い太子に譲位し隠居した。その実、目晦まし。院は、英明で、学識深く、和歌に親しみ、武芸を好む。血気盛んな院は、政にも熱心であった。朝廷にかつての栄光と権威を取り戻すのが悲願である。ために、幕府とはことごとく対立していた。より自由な立場で武家と対峙する、決意の出家であった。その院と、二条押小路烏丸の仙洞院で面会。隠居所である。卿ノ局の邸からは近い。目立たず、内密な話にはもってこいの場だ。

 院は、乳母であった卿ノ局が苦手であった。政に何かと口を挟んでくるし、最近も宮将軍で揉めている。この正月に将軍・実朝さねともが暗殺された。万事、無礼な武家の中にあって、実朝だけは皇室を崇拝し恭順を示していた。また歌を詠み、度々院に献上し教えを乞うた。院は、そんな一途な実朝が好きであった。だが、殺されてしまった。白昼堂々、家人共の目の前で!院は暗澹たる気分となった。で、あるのに北條は「将軍がいなくなったから代わりが欲しい」それも親王を差し出せと言い出す。それでも貴様等は人間か!院は激昂し、鎌倉との関係が一気に悪化した。この件に、卿ノ局が一枚噛んでいるのも気に喰わぬ。

 今度はどんな難題を持ち込んできたのやら。口数では負けるので、側近の二位法印にいほういんを呼んである。ややあって奥の間へ通ると、卿ノ局の後ろに女が平伏している。院ご着座。長ったらしい挨拶の後、卿ノ局は勿体ぶっておもむろに、控えている女子を紹介した。

「故右大将源頼朝公が末子、朝子殿でございます」


「?!」

 院も二位法印も驚倒!頼朝に娘がいた?まだ将軍家の血筋が残っていただと?これは思いもよらぬとんでもないものが舞い込んできた。院はただならぬ様子で二位法印に目配せした。選りに選ってこの微妙な時期にだ!

 院は改めて、朝子を見た。大柄な娘であるな。そういえば頼朝も周囲を圧倒するような巨躯であった。鼻筋が通っているのも源氏の特徴か。凛としている。

 一方、二位法印は好色な目で、朝子を眺めていた。はて?頼朝の娘なれば少なくとも二十歳はたちは越えているはず。長身ではあるが子供子供していて十六、七にしか見えぬ。痩せぎす。色も黒い。まぁ今までずっと尼寺で粗末な生活を強いられてきたのだから無理もないか。

 少し話をさせてみると、透き通るような声でハキハキと喋る。頭の回転も早いようだ。黒い瞳で真直ぐ見据えてくる。笑うと愛嬌がある。院は、朝子が気に入った。

「心配はいらぬ。何なら、朕の養女としてやってもよい。北條には指一本触れさせぬ」

 しかし、朝子は毅然として、お願いがございます!と口を開いた。

ともに将軍家を継がせてください。征夷大将軍になりたい!」

 院、二位法印、そして卿ノ局までもが仰天!何を言い出すのだ、この娘は?!

 このままでは清和源氏主流は断絶してしまう。そして幕府は、天下は、北條の思うがまま。


 後に物議を醸す、源朝子の「大将軍論」はこの時より始まる。


 鎌倉では義母北條政子が、勝手に将軍に就いているとのこと。何故、女子の政子が将軍位にあるのか。開闢将軍かいびゃくしょうぐん頼朝の未亡人とはいえ、女が武家の棟梁たりえるのか。政子でなければならぬのか。今や天下は北條が支配している。その惣領たる義時よしときが将軍になればよいではないか。何故、義時は執権に留まり、将軍にならぬ。将軍になれぬ理由でもあるのか?

 理由は、ある!それは北條が平氏だからだ。いにしえの坂上田村麻呂さかのうえたむらまろは知らず、当代において将軍は武家の棟梁を指す。天下兵馬之権を掌握し、幕府を開き、帝に代わり政を司る。そしてその資格は、

「源氏の独占、世襲により継承!」

 何故なら、太政大臣清盛を頂点に平氏一門は官位に栄達。平氏は武家を捨て公家化を選んだ。そう、「将軍任官幕府開設の意思なし」

 その平氏である北條には資格がない。だからこそ北條は「源氏である頼朝の御台所」という詭弁で政子を強引に将軍に就けた。そしてこの例外を突破口に将軍の道を源氏以外に拓こうというのだろう。

 力を持つ武家が天下を掌握するのは道理であると云う。その武家を、北條が力で統率するのもよい。だが、それが将軍である必要はない。結局、北條は大義名分が欲しいのだ。朝廷を過去のものと貶めつつ、その古い権威にすがる。姑息ではないか。

 そんなにまでしても将軍が欲しいのか。よろしい、ならば源氏嫡流の、朝子が将軍となろう。女子でも不都合なことはない。義母様が身をもってお示しくださったのだから。


 院も二位法印も、朝子の論理に傾聴した。牽強付会ながら一応筋が通っている。武家の側から、こんな話がでてこようとは!これは面白いことになる。

 征夷大将軍は令外官である。元々、延歴年間の蝦夷討伐を担った臨時職であった。ところがこの「征・夷・大・将・軍」という威勢の良い字面が武家の好みに合ったのだろう。頼朝は「征夷大将軍」を望み「幕府」を開き武家政権を樹立した。しかし律令では大した価値はない。特に規定があるわけでもなかった。

 だから、奴等が欲しがるならくれてやってもよい。「征夷大将軍」が“武家の極位極官”となれば嬉々として拝命するだろう。そうすれば今後、太政大臣や関白を求める身の程知らずの不届き者も出まい。源氏限定、大いに結構。何といっても、平氏北條が将軍となるのを未来永劫封じることができる。院は大きく頷いた。


 朝子のこの云わば妄想は、後に都合よく制度化されてゆく。「将軍」は「武家出身の天下人」の称号となった。「将軍」を求めて武家は争い、源氏を名乗る足利・徳川が「幕府」を開くことになる。



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