二十、四代将軍源とも、炎ノ羽衣ヲ纏イ空ヲ舞ウ!
ともが六波羅に戻ると、使いが来ていた。師である知栄院昌恵が重篤という。
「えっ?!」ともは取るものも取り敢えず、知栄院に向けて単騎で急ぎ駆けた。慌てて供回りが数名、後を追う。昌恵はただの師ではない。恩人であった。ともが今日、人としてやっていけるのも、昌恵のおかげである。何でこんな時に!無事でいてください。せめて、ともが行くまでは。
ともは、遂に倒幕を決意した。伸るか反るかの大勝負!その前に、せめて一目会いたかった。これが今生の別れとなるやもしれん。
息せき切って、ともは知栄院に駆け込んだ。「お師匠様!」大音声で呼ばわった。
ところがどうしたことか。ともを迎えたのは、当の昌恵。いつもと変わらぬ調子で、
「春香、どうしたのです?そんなに慌てて。お前は何時も騒々しい」
嵌められた!とも、舌うち。
「何でもありません。ちょっと近くまで来たので・・・すぐ帰ります」
そう、すぐに戻らねばならない。ともは丸腰であった。
その時ようやく、後続が追い着いた。英次・コウケツ・善行・カブト。
よしっ!ともは即座に決断。この人員で泰時を襲おう。ともを入れても五名だが、今はとにかく時間が惜しい。狙うは泰時の首ひとつ。ならば数はいらない。泰時が事態に気づかぬうちに、まだ油断しているうちに!
ともが沙汰を下そうとした時、門前が騒がしくなった。朝廷から使者が到着したという。
「征夷大将軍の任を解く」
そしていつの間にか知栄院は、泰時の軍勢で囲まれている。
ともは、敵の手際の良さに感服した。「やるなぁ、泰時!」ともは笑いたくなった。こうも鮮やかに出し抜かれるとは。
泰時は、ともに降伏を迫った。
奥の書院で、ともは昌恵と向き合っている。
「申し訳ありません。お騒がせして。これから一寸、戦をします。皆を連れて外へ出てください。泰時は性悪で、腹黒で、陰険で、無粋で、愚鈍で、醜男で、ええっとそれから馬鹿で、間抜けですが、女人には・・・お師匠様に手出しはしないでしょうから」
昌恵は落ち着いている。
「お前はいつもそうです。何時も言っているでしょう。動きながら考えるのではなく、考えてから動きなさいと。みっちり説教したいところだけど、今はお前も忙しそうだね」
「・・・早く逃げて」
「嫌だよ、春香。ここは私の寺です。私はここを動きません。寒くなってきたので、今からここを燃やします。お前も気兼ねなく、存分におやりなさい!」
ともは、フラフラと本堂に入った。皆が集まっている。いつもの連中。彼等は、ともの為に、命のあらん限り闘うつもりだ。
「ここは我々が食い止めます。とも様は、昌恵様や尼僧に混じって逃げてください。六波羅に戻れば鞍馬衆がいます」
ともは、ちょっと小首をかしげてからニッコリ笑った。満天下が魅了された笑顔だ。
「いや、尾張へ行こう」ともは唐突に言い放った。
武家とて総て幕府北條に屈している訳ではない。頑強な抵抗勢力のひとつが尾張だ。しかも尾張は、父頼朝の生まれ故郷。東海道は鎌倉への途上でもある。
「そこから檄を飛ばして軍勢を整えてから出発だ。鎌倉に攻め込むぞ。政子と義時の首を刎ねて、あっちの幕府を潰す」
ともは何かに憑依されたように熱っぽく語った。褐色の瞳がキラキラと輝いている。
「手を繋いで、輪になれ」
ともは、英次とコウケツの間に割り込んだ。瞑目し口の中で何事か唱えている。ややあってカッと目を見開いた。
「ともが合図するからな。ひぃ、ふぅ、みぃ、で、ほいっ!」
「ほいっ!」
不思議と、一同落ち着いた。笑みがこぼれる。
「天下を平定したら、海を渡るぞ。唐・天竺だ。そこで”とも達の国”を建てよう。誰もが食うものがあって安心して眠れる国だ・・・まぁ、ともかく今は今のことだな。逃げるぞ。別々に落ちよう。十五日に熱田の宮に集合!・・・多少は遅れても構わん」
突如、知栄院から火の手が上がった。
しまった!泰時は突入を命じた。ここは尼寺。家人四名では、さすがに手も足も出まい。頭の切れる女だから、ここはあっさり降伏して捲土重来を期すだろうと、高をくくっていた。よもや火を放つとは。
「消せ!消せ!」泰時は怒鳴った。だが、火の回りが早く、近づくこともできない。紅蓮の炎が渦巻く。美しい。泰時は呆然と立ち尽くす。
ドンッ!業火に包まれて、やがて本堂はゆっくりと崩れ落ちた。
承久元年九月九日、源幕府滅亡ス。
「源とも物語」これにて、一巻の終わりでございます。




