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四代将軍とも  作者: 山田靖
「源とも物語」
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十四、四代将軍源とも、恋ノ花咲ク三条大路!

「時の女」四代将軍源ともの名声は、ますます高い。

 その人気は最早、京に留まらず街道筋にまで伝播。何処へ行っても、ともの話題で持ち切り!この国ではこれまで“巷で評判!”という概念が無かった。官民共通の関心というものがない。騒がれるのば、戦に飢饉・疫病といった暗いものばかり。そこへ雲の切れ間から光が差し込み天女が舞い降りたように現れた、四代将軍源とも!これまで、こんな明るい情報を貴賤がこぞって共有することなどなかった。ともは空前であった。そして絶後である。ともの周囲は常に笑顔であった。伝え聞く人々もまた微笑んだ。この頃では時候の挨拶ともなっている。昨日は何処へ行った、今日はあれをするなどと、ともの消息・一挙手一投足は「間者でもおるのか?」といぶかるくらい筒抜け!民衆は一喜一憂。とものことなら何でも知りたい。四六時中、とものことが頭から離れない。もう死んでもいい。ともが好きで好きでたまらない!

 そんな源ともに「縁談!」なぞ持ちあがったら、都は発狂するであろう。

 

 卿ノ局が「権勢の女」と呼ばれるのは「治天の君」院の乳母という立場だけではない。彼女は気さくな性格で、お節介なくらい面倒見がよい。宮中を自在に泳ぎ回り、皇族貴族の婚姻を手際よくまとめてしまう。その優れた腕前も彼女を「権勢の女」に押し上げた一因なのだ。そんな卿ノ局が、「時の女」を見逃すハズがない。卿ノ局は満を持して「四代将軍源とも結婚」に動き出した。


 治天の君・院には、かつて兄宮がおわした。兄宮は、平氏を打倒せんと令旨を発す。が、敗走し自害。あれから数十年、その遺児、布智王ふちおうが宇治に隠棲している。歳は三十半ばにもなろうか。卿ノ局はこの気の毒な王子に、ともを縁づかせようと画策!元々、卿ノ局は不遇の布智王を気にかけていた。北條政子と「宮将軍案」を話し合った際も、頭にあった候補は彼である。源氏が天下を制するきっかけとなった、令旨。それを発した王と呼応した武人の、それぞれの子供達が結ばれるのは運命のような気がした。生まれた子を将軍として鎌倉に下しめれば良いではないか。冷え切った朝幕関係を改善するにはこれしかない!卿ノ局は、己の甘く切ない計画に陶酔。有頂天になって運動した。当人達にも極秘で縁談は進められたが、この手の話は確実に漏洩する。あっという間に噂は広まり、ひっくり返るような騒ぎとなった。

 貴賤問わず京の男という男は残らず、ともに懸想していた。恋焦がれている。それなのに、嗚呼、それなのに!裏切られたと怒る者・悲嘆する者・酒呑んで暴れる者・加茂川へ身を投げる者・世を儚んで出家する者等、収拾がつかない。人心は荒廃し治安は一気に悪化。縁談は壊れた。皇族と武家の婚姻が事前に発覚して纏まるハズがない。


 当事者にして蚊帳の外、四代将軍源とも様、溜息を吐いて宣言。

「布智王は帝に連なる尊いお方。ともとは身分が違います。そもそも、ともは出家であります。誰にも嫁ぎませぬ」

 ともの公式発表に、混乱はとりあえず鎮まった。


 混乱はとりあえず鎮まった・・・はずが、思いも寄らぬ急展開!

 瓢箪から駒、なんと布智王が、ともに恋してしまった!

 宇治の布智王は、騒動の際も一切表に出なかった。王は「四代将軍には迷惑をかけた」とのみ語っていたという。

 収束後、布智王は久しぶりに都を訪れた。その道すがら、京名物、四代将軍の出仕を垣間見た。極彩色の煌びやかな行列!沿道の熱狂!輝くような男装の麗人・・・あっ目があった!ともは小首をかしげてニッコリ微笑む。ドキン!・・・一瞬で布智王は恋に堕ちた。俗世からの隔離を強いられてきた王に、免疫なぞない。まして、その花は知らぬ間とはいえ、ほとんど手中にあったのだ。逃した大魚、どころではないっ。布智王は、卿ノ局に熱っぽく訴える。「とも殿を是非!」


 卿ノ局は困惑しかない。今回の件で、院に厳しく叱責された。ともからも苦情がくる。卿ノ局の珍しい失態に、宮中は嘲笑。閨閥を巡って対立する左大臣・九条道家などは、ここぞとばかり攻撃する。面目ない。

「申し訳ありません。最早、私にはどうすることもできませぬ」

 だがしかし、熱に浮かされた布智王、そんなことでは引き下がらない。ならばと、自ら行動を起こす。熱烈な歌と文を、六波羅に送り付ける。とも、仰天。そして激しく動揺。このようなものを、やんごとなき御方から・・・ともは途方に暮れた。どうしていいか判らない。卿ノ局にも相談できない。ひょっとして影で糸を引いているかもしれないし・・・ともは何もできず放置してしまった。しかし黙殺されたと、諦める布智王ではない。障害があればある程、恋の炎は熱く燃え上がる。ならばと連日、愛しい想いを連綿と綴ってくる。逢いたい、逢いたい、逢いたい!


 とうとう布智王は病に伏してしまった。四百四病ししゃくしびょう桁外れ、ふな霍乱かくらんなまず脚気かっけこいやまい恋患こいわずらい。王は病の床からも文を出す。寝ては夢、起きてはウツツ、幻の。煩悩の犬は追えども去らず、菩提の鹿は招けども来たらずや。鳴かぬ蛍が身を焦がす。日ごと募るこの想い、どうぞこの恋、叶えてたも。嗚呼、君、麗しのかんばせ・・・

 遂には重態に陥った。明日をも知れぬ命となりぬ・・・

 こうなると何故か、ともに非難が集中する。見かねた卿ノ局、返事くらいお出しなさいと嗜める。「誰の所為ですかっ!」

 ともは己の全く与り知らぬところで、勝手に悪者にされて得心がいかぬ。さりとて放っておく訳にもいかなくなった。既に事は政治問題。赤の他人は、やいのやいのと騒ぎ立てる。何故こうゆうことになると、どいつもこいつも一致団結しやがって情熱を傾けるのか。他に為すべき事はないのか!そんなんだから武家に天下を奪われるのだ。いい加減にせいっ!

 しかし、どうにもならない。布智王、いよいよ危篤。

 ともは進退窮まり遂に折れた。耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで、布智王に文をしたためる。・・・ただし、歌は添えない。

「今宵、戌の刻、知栄院の境内にてお待ちしております」


 文を受け取った布智王は大喜び!床から跳ね起き湯漬を三杯掻っ込んだ。もう大丈夫、病気全快治癒!いざ、とも殿の許へ行かん。

 布智王、けつろびつ息せき切って寺に駆け込む!ともは既に来ているようだった。月明かりの下、静かに佇んでいる。僧形であった。

「と、とも・・殿?」布智王は見間違いかと目を疑った。

 尼僧は顔を上げニッコリ微笑んだ。あぁやっぱり、とも殿だ。布智王は手を差し伸べ歩を進める。ともは、ゆっくりと被り物を取った。

「あっ!」布智王、叫んだきりその場に立ち尽くす。ガタガタ震えて言葉にならない。

 何と何と、ともは・・・坊主頭!すっかりツルツルに剃りあげているではないかっ!

「とっとととと、とも殿・・・」

「王、ともは、知栄院昌恵様の弟子で“春香”という出家でございます」


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