十三、四代将軍源とも、天気晴朗波高シ!
瀬戸内で海賊が、またぞろ蠢いている。
ようやく世が落ち着き、人や物の往来が活発になってきた。各地から続々と物産が届き市が立つ。商いが大きくなり、西国からは定期的に船での輸送がおこなわれている。海賊共はそれを襲い略奪するのだ。由々しき事態!
淡路由良を本拠とする磯部治郎丸がその最大勢力である。治郎丸は、機を見るに敏、時勢への嗅覚が抜群であった。源平の争いも、あわよくば漁夫の利、と海上から高みの見物を決め込んでいた。が、義経の資質を見抜くや真っ先に源氏に馳せ参じ、屋島の勝利へと導いたのだ。平氏の影響力が強い西国においてこの決断!まして海戦の巧みな磯部氏の寝返りは大きかった。結果、源氏は平氏を西海に沈めた。この功により治郎丸は、洲本沖を航行する船から税を取る権利を、頼朝に認めさせた。当然、と治郎丸は鼻息が荒い。それでも治郎丸、頼朝将軍には一目置いていた。頼朝の死後も将軍家には敬意を払っている。ところがこの正月、三代将軍実朝が殺された。政治が判らぬ治郎丸、驚いたのなんの。畏れていた将軍が倒されたのだ。では、誰が強いのだ?シッケンだのホウジョウなどという輩は知らん。見渡したところ、強いのはもう残っていない・・・ひょっとして、俺の時代がきたのか?
何の遠慮があろう。勝手にさせてもらう。もともと俺の海だ。もう怖いものはない。治郎丸は牙を剥いた。
幕府の対応は鈍かった。鎌倉中央の混乱で、それどころではないのだ。いわんや東国の武家は海に疎い。京都守護・伊賀光季は、同じく海の武人である伊予・秋山氏、明石・黒田氏に討伐を命じた。が、彼等は元を質せば同族である。密かに通じており、遠慮や馴れ合いがある。まして海戦はまどろっこしい。ひたすら敵の船を追いかけて拿捕するしかない。海は広いな、大きいな、とは正に実感!生半可では磯部の船団に遭遇しない。運よく発見しても、潮の流れや風向きによって操船もままならない。ようやく舳先を向けた時、治郎丸の船は遥か沖合に消えているのだ。
四代将軍源ともは、宋との交易拡大を望んでいた。異国の珍しい文物は、ともの好奇心を刺激する。ともは、到来品ひとつひとつを手にとって、まだ見ぬ世界を夢想し彷徨うのだ。
それだけに海賊の跋扈は許し難い!考えてもみよ。遥か遠い名も知らぬ地より、波濤を越え嵐を突き抜け艱難辛苦。ようよう穏やかな瀬戸内に入り都まであと一息というところで、海賊共の浅ましき欲によって蹂躙されようとは!
「許せぬ!」ともは唇を噛みしめて立ち上がった。
四代将軍の決断は早い!ともは、コウケツを熊野の神藤氏に派遣し船百艘を調達。また浜に面した西国の守護に海上封鎖を命じた。そして堺から、英次率いる五十の船団を出航させる。自らは、善行・カブト等を引き連れ陸路を悠々、難波へと向かった。ともは此度も武装していない。堂々と姿を晒している。
「ともには軍神が憑いておる。不要である」
道中、ともは上機嫌、海戦では“八艘跳び”を披露してやろうなどと軽口を叩いている。いくら磯部治郎丸が強いと云っても、十倍の軍勢には敵うまい。圧倒的な数をもって擂り潰すつもりなのだ。
「海賊、何するものぞ。南無八幡大菩薩の御威光でたちどころに討伐してくれるわ!」
しかし、これらの行動は総て、磯部治郎丸には筒抜け。
二日後、海戦の火蓋は切られた。磯部の船団は、およそ三十艘から成る。ともはこれを、三百の船で包囲。それでも治郎丸は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)。
「熊野や堺の連中ならば手加減無用、存分に戦え!」
勝手知ったる瀬戸内、治郎丸には庭だ。縦横無尽に操船し、連合軍を翻弄する。半日ばかり遊んでやった。夕方には洲本沖に投錨。
「山猿が!」治郎丸は遠巻きに包囲する船団をせせら笑った。
「海賊、海賊といっても四六時中、海で船の上、というものでもあるまい」
ともは淡路に入るや否や、僅かな手勢で由良浜を背後の山から電光石火急襲!磯部の海軍を大船団で追跡していたのは実は目眩まし。本懐は、治郎丸の陸上の拠点を奪うことであった。村に火を放ち家屋・田畑を焼き払う。特に、港や造船所などは跡形もなく徹底的に破壊した。磯部軍は海戦真っ最中、当時村にいた者は女子供に年寄りばかり。残らず捕虜とした。
ともは焼け野原を満足げに一回り。捕虜の収容所でフト、少女に目をつけた。可愛い!
「そなた、名は何と言う?」
少女は怯えていた。やがて「いく」と小さく呟いた。
「うん、いくか。良い名だな」
ともは、ニッコリと微笑み屈んで優しく抱きしめる。思いもよらぬ行為に、いくの身体は硬直。村を灰燼せしめた悪魔のような女なのに・・・
「いく・・・いくは、父様や母様が好きか?」
「?」
「父様や母様、それから村の皆を助けたいんだ。いく、よいか?」
「・・・」
「皆を助けるために、いくにちょっとだけ辛抱して貰いたいんだけど、よいかな?」
ともが満面の笑顔で囁いたので、いくは釣られて少し笑って頷いてしまった。
船首のほうが騒がしい。何事だ?!治郎丸は怒鳴った。
「えらいことじゃぁあ!」
血相を変えた手下が駆け込んでくる。指さす先は由良浜。黒煙が上がっている。何と由良の村は、ことごとく焼き尽くされていた。更に、あろうことかあるまいことか、浜辺に柱が立ち、娘が縛りつけられている。足元には薪が積み上げられ、武人が松明を近づける。少女は恐怖で泣きわめくことすらできない。ともは、治郎丸に降伏を迫った。
「ぐぉぉおおおおおお」治郎丸の断末魔が轟いた。
捕えられた磯部治郎丸は六波羅で、ともの前に引き出される。
「卑怯者!この小娘がっ!」
四代将軍源とも、大いに笑う。
「むふっ、卑怯者とはよかったな。うん、お前は面白いから好きだ。それからな、ともは皆から事あるごとに、“大女、大女”って誹謗中傷されてのぅ。悔しくて何時も泣いていた。“小娘”なんて呼んでくれるのは、お前だけだ。嬉しいぞ」
磯部治郎丸梟首。
残った由良衆は総て堺に移され、その後製造業に従事した。職人の町、堺の誕生である。




