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四代将軍とも  作者: 山田靖
「源とも物語」
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十二、四代将軍源とも、地獄極楽コノ世ニアリ!

 丹波の国・多紀たき大山荘おおやまのしょうに、奇怪な僧侶が足を踏み入れた。名は瑞光ずいこう。すらりとした長身、やや青ざめてはいるが美丈夫で衆目を集めた。下級貴族の出という。若くして出家し山門に学んだが飽き足らず、諸国を放浪。瑞光は辻々に立ち、世の不条理を説いた。更に朝廷や幕府を声高に批判。在所の者は驚き、瑞光を排除しようとした。咎められても、石を投げられても、瑞光は説法を止めなかった。

 来る日も来る日も、雨の日も風の日も、瑞光の姿があった。誰も相手にしない。やがては日常の風景に馴染んでしまった。瑞光がいる、それが普通になった。

「あれでぼんさんは毎日毎日、何をしておいでじゃ?」

 一人の老婆が立ち止まり、瑞光の話を聞いた。瑞光は熱心に語ったが、老婆には半分も判らない。だが、老婆は次の日もやって来た。翌々日は近所の年寄りを連れて来た。三人、五人、集まる者共は日を追って増える。また増える。倍々に輪が広がり、突如爆発的に増えた。大勢の者が熱狂的に瑞光に教えを乞う。

 瑞光は「現世の苦しみは来世への修行である!」と明確に示した。世は末法。ひとびとは厳しい現実に、極楽への往生を求めた。そのために金品や田畑を惜しげもなく寄進。持たぬ者はからだを捧げた。瑞光のためになることは何でもやった。見る見るうち、瑞光の勢力は拡大してゆく。そして遂に瑞光は、大山荘を襲い地頭を殺した。そして一帯を支配。独立し建国を宣言。国号を「あまくに」とす。自らは「法王ほうおう」を名乗った。信者は「国民くにのたみ」と称された。


 事態に驚いた幕府は、駿河守・三浦義村みうらよしむらに討伐を命ず。義村は三千の軍勢で大山荘を包囲。当初、反乱は一日で制圧されると診ていた。天ノ国に立て籠っているのはほとんどが百姓。武器も揃っていないだろう。片や百戦錬磨の猛将では赤子の手を捻るようなもの。実際、義村軍は強く、各地の戦闘で天ノ国勢を撃破!

 ところが、天ノ国は降伏しない。いなごのように何度でも襲ってくるのだ。彼等の闘いは、とても戦とは言えまい。手に手にすきくわを持ち、棒を振り回し、奇声を発し猪突猛進あるのみ!陣形も戦略もない。当然のように弓・槍・刀の餌食となった。しかし、彼等は倒されても倒されても次々と同じように攻めてくる。そうして虫けらのように殺されていった。天ノ国では死を恐れない。仏のために死んだ者は、極楽往生を約束されている。国民は先を争って喜んで死地に向かった。

 天ノ国軍は殺しても殺しても、ただひたすらに直進してくる。いくら殺しても際限がない。そして敵は戦闘員ばかりではなかった。女や子供、年寄りまでもが向かってきては殺されていく。義村軍は次第に気味が悪くなってきた。敵に感情が見えない。やがて疲労と恐怖で手元が狂った。そこを突かれ、ウッカリ取り残された者は、たちまち数十人が群がり、なぶり殺しにされるのだ。日毎に武士の被害が多くなり、戦意も喪失していった。このままではジリ貧。万策尽きた義村、断腸の念で一時撤退を告げた。


 幕府軍を撃退した天ノ国の勢いはますます盛ん。国民は爆発的に増大。丹波の小領主は自ら入信し、土地を寄進するものが続出した。しなければ命が危ない。没落武家や貧乏貴族、更にお尋ね者等が紛れ込み、瑞光の脇を固める。天ノ国は瞬く間に組織の形態を整え、強化されていく。武器も揃ってきた。国境くにざかいを勝手に定め、関所を置き、税の徴収も始めた。

 一方、幕府も指を咥えて眺めていたわけではない。信者を装い刺客や間者を潜入させる。だがことごとく見破られ、その首が京都守護の邸に投げ込まれた。都にまで易々と侵入し大胆な行動!天ノ国は洛中深くまで勢力を伸ばしているのだ。信者ばかりでなく協力者として、手引きする人物が存在するに相違ない。朝廷や幕府に反感を持つ者ばかりとは限らない。それは公家・武家の中にいるかもしれない。都は、疑心暗鬼、得体の知れぬ恐怖に慄いた。


 天ノ国には毎日のように入信を望む者がやってくる。

「来る者は拒まず、迷える民よ、集え!」

 かつては総て受け入れたが、建国後は厳しい審査がある。もし「幕府の犬」と露見すれば生贄としてなぶり殺しにされる。

 そんな折も折、ちょっとした騒ぎがあった。小柄な男、少年といってもよいだろう・・・入信を希望してきたのだ。何と、あの四代将軍源ともの家人だったという。名をカブト。元盗賊であった。

 瑞光は驚いた。天ノ国では、幕府や朝廷に少しでも係わりがある者ば容赦なく殺す。堂々と本名を名乗るとは!瑞光は、カブトに興味を持った。

「そちは盗賊として斬られるところ、将軍の温情で助命。そればかりか家人にまで取り立てられたに、何故出奔したか?」

「俺は武家が嫌いだ。“逃げたら殺す”というから居たまでだ。それに・・・」

「それに?」

「女の指図は受けとうない」

 カブトがうつむいて赤面したので、瑞光は苦笑。

「・・・四代将軍とはどういうお方だ?」

「どういうもなにも・・・女だよ。きぃきぃ喚くしな。自分がノッポのクセに、俺のことをチビ・チビと呼ぶんだ」

 カブトは、天ノ国で異例の抜擢。なにしろ最近まで征夷大将軍に仕えていた男である。将軍はじめ朝廷や幕府の詳細な情報を持っている。そしてカブトには、京に昔の盗人仲間がいる。彼等から都の最新情勢を逐一報告させていた。瑞光が放った間者よりも素早く、かつ正確であった。御所の様子はその日の夕方には届くようになった。瑞光は、カブトを寝所にまで招き入れ、対幕府・対朝廷への策を練った。


 その日、カブトは恐るべき情報を、瑞光にもたらした。

 遂に四代将軍源とも、天ノ国討伐に出陣!近隣の武家を総動員し軍勢は二万。その数にも驚きだが、何と半数あまりは武士ではなく人足であった。各々、杭のようなものを担いでいる。更に奇妙なことには馬に大量の薪を運ばせているという。

「何をするつもりだ?」流石の瑞光も首を捻った。

 二日のうちに軍勢が大山荘を包囲した。そして天ノ国御殿の周辺に隙間なく薪の山を積み上げる。その間、瑞光は為す術もなく作業を見守るだけ。瞬く間に、総てを薪で囲ってしまった。

 翌朝、四代将軍の使者・英次が天ノ国を訪れ通告。

「丹波大山荘は朝廷の荘園にて、当地での建国は認めず。のみならず天下は帝の治められるところであり、天ノ国の余地はなし。しかし冥界ならば、御威光及ばざる所によってかまわず。帝の御慈悲により、瑞光以下の罪は問わず、揃って黄泉に送り出すところなり。期日は来月十四日。帝の御恩に感謝し、晴れの出立に疎漏なきよう」

 瑞光、激怒!あの女は、天ノ国を大山荘ごと葬ろうというのか。広大な荘園をまるごと焼き尽くすつもりか。何たる大胆不敵!砦の外に目をやると、積み上げられた薪の山が見えた。袋の鼠!しかし何故、一ケ月も先に?


 間もなく、大山荘は地獄の様相を呈してきた。四代将軍は、天ノ国をそのまま冥土へ送るという。軍勢は包囲だけで手出しはしない。天ノ国が攻撃を仕掛けてもサッと引き、荘内へ追い返すのみ。大山荘は三日で食料が尽きた。瑞光は「法難ほうなん!」と説いた。極楽往生は目前である、と。しかし国民の間では別の噂が流れていた。

「四代将軍は、天ノ国をまるごと焼き尽くす」

「炎で焼かれた魂は極楽往生できない」

「あの世でも、天ノ国そのままの階級支配が続く」

「この最中、瑞光以下幹部は酒をくらい米の飯を食っている」

 国民の怒りが爆発!彼等は手に手に武器を持ち立ち上がった。矛先は包囲軍ではない。御殿の奥であった。多勢に無勢、元貴族や武家の幹部が次々と血祭りに上げられる。彼等は易々と斬られた。弱々しく命乞いをする者まである。

「何と卑怯未練な連中であるか」

 こんな奴等にデカい面されていたのか!血に飢えた国民は、幹部共をズタズタに引き裂いた。

 遂に反乱勢が玉間に乱入!しかし、そこに法王・瑞光の姿はなかった。


 瑞光は間一髪で、カブトに蔵へ引き摺り込まれた。

「カブト、これはみな、そちの仕業か?」

「俺は知らんよ。お前に思い当たる節があるんじゃないの?五日か。あっけなかったね。とも様がな“気張るのは何日も続けられない”とよ。あんまり先の事だと気が抜ける、そうだ。気が抜けたら熱も冷める。冷めたら死ぬのが怖くなるんだよ。大体“ひとを救うのが仏の道”だそうだな。ひとは死にたくないから仏にすがる。なのに、死を美化したり強制するのは、それだけでニセモノだってさ。ニセモノはニセモノらしく晒してやるから生け捕りにしてこいと言われたけど、今お前を外に出したらボロボロにされて無くなっちゃうからなぁ。首だけ俺が持って行ってやるよ」


 天ノ国壊滅!

 朝廷はこの功により、カブトに官位を与えようとしたが、本人が頑強に固辞。周囲の奨めにも耳を貸さない。とうとう、ともは笑い出した。

「じゃ、ともの弟ということにしてやる。そうだな、“勘介かんすけ”ってのはどうだ?うん、以後“四代将軍源ともが舎弟・羅生門カブト源勘介”と名乗るがよい」

 カブトは、赤面しソッポを向いた。





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