十一、四代将軍源とも、泥棒捕エテ縄ヲ綯ウ!
カブトは赤子時分、羅生門に捨てられたらしい。戦乱や飢饉で都は荒廃し、市中には浮浪が溢れていた時代。カブトは、たったひとりで生きねばならなかった。誰も彼も他人を慮る余裕はない。捨てられた子ども達は、やがて何処からともなく集まって寄添い温めあった。何時しかカブトは、そういった浮浪児集団の頭目となっていく。生きねばならぬ、食わねばならぬ。生きるためには何でもせねばならなかった。カブトは盗みを働くようになる。最初は田畑から野菜を盗んだ。農家から米を盗んだ。しかし、何処の百姓も貧しかった。盗みに入っても食い物が無かったこともあった。
だから、カブトは商家を狙うようになった。商人の屋敷には蔵がある。中には米がぎっしり積まれていた。食いきれないのか、貰ってやる。カブトは、富裕な商家蔵を次々と破った。だが、次第に仕事は困難になっていく。商人は、武士を雇い警備を厳重にした。カブトは、犬を嗾けられ大勢に追われた。もう手が出せない。何か盗らねば、何所かで盗らねば生きていけない・・・
とぼとぼと歩いているうちに大路へ出た。公家の屋敷がある。塀を乗り越えると広大な邸に易々と侵入できた。嘘のように簡単に奥まで行ける。そこには長持や葛籠が夥しく並んでいた。カブトは小さな鏡を一枚懐に入れる。それは驚くほど高値で売れた。魔法のようだ・・・以後、カブトは貴族専門に盗みに入った。断然、楽なのである。騒がれもしない。大体、公家はよく判らん。百姓のように米を作らない。職人みたいに物をこしらえるわけでもなし。坊主や武家は見た目で、まぁあんなものだ。公家だけが何をしているのか判らない。だけど奴らは威張っているのだ。何もせず威張っているだけの奴等が、一番持っている!これは盗らねばなるまい。カブトは、貴族の邸を荒らしまくった。成果が上がる。やがてカブトは、裏の世界で一目置かれる存在になっていった。
長らく空き家となっていた六波羅の武家屋敷に、大勢の人が出入りし荷物が搬入されていく。新たな主は、四代将軍源とも様だという。
四代将軍?しかも女だとぉ?カブトは面白くなかった。巫山戯やがって。己ら武家の勝手な戦で、世の中悪くなった。俺が盗人になったのも此奴等の所為だ。それを何の苦労も知らぬ女子が、意味も判らず征夷大将軍かよっ!
やり場のない怒りに燃えたカブト、四代将軍とやらに恥をかかせてやろうと六波羅に侵入。ところが、いつもの邸とは勝手が違う。散々迷った挙句、捕えられてしまった。
翌朝、庭に引き出されたカブトは、そこで初めて四代将軍を見た。
「なんだ、子供ではないか。放してやれ、放してやれ」
長身の女はさっさと座を立った。カブトは釈放されたが屈辱だった。腹を立てた。この恨み晴らさでおくべきか。沽券にかかわる。カブトは再び、六波羅に潜り込んだ。しかし、また捕まった。
「性懲りもないな」
お仕置きに頭を半分坊主にしてやれと、女主人は笑った。
本当に半分だけ坊主にされ、またも外へ放り出された。カブト、逆上!今度こそと乗り込んだものの、三度目もあっさりと捕まった。
「お前も律儀じゃの。もう残りの半分、剃ってほしかったのか?」
よしよしと頷いて家人に指示する大女を、カブトは怒気をはらんで睨みつけた。
うむ?と大女と目が合った。大女は片目を瞑りニッコリと微笑んだではないか!カブトは真っ赤になって顔を背けた。
もう勘弁ならん!あの女、舐めやがって。カブトは青々とした坊主頭から湯気をだし怒り心頭に発した。殺してやる。あの女を殺す。あの女、あの女、あの女!カブトは四六時中、あの女のことばかり考えていた。あの女のことを思うと体中が熱くなり、夜も眠れないのだ。
カブトは、六波羅の屋敷を詳細に観察した。捕まってはいるが、何度か侵入して大よそ間取りも掴めてきた。門の内外や屋敷の警備は厳重だが、大女の周辺は驚くほど手薄だ。カブトは、大女が御所へ出立するドサクサに紛れて邸内に入った。そのまま夜を待つ。
皆が寝静まった頃を見計らい動きだす。闇の中を手探りで進む。この先が、あの女の部屋だ。そこからかすかに灯りが漏れていた。くそっ、まだ起きていたのか。カブトはドギマギしてそっと中を伺う。女は灯りの下、机に向い書きものをしていた。静かにすらすらと筆を走らせている。その横顔は美しい。カブトは、ぼんやりと眺めていた。ふと、女が顔を上げた。
「やぁ、お前か。今度は結構いいところまで来たな」ニッコリと微笑んだ。
翌朝、カブトは縛られたまま、四代将軍の前に引き出された。
「女子の寝所に忍び込むとは、けしからん!お前は知らんだろうが“夜這い”といって斬首にも及ぶ大罪ぞ」と笑い、
「まぁ子供のことであるし、特別の憐憫をもって差し許す」
しかしと、大女は口調を変え、
「お前が来るのは四度目か。いい加減にせい!もうつき合いきれぬ。丸坊主にしちゃったから、お前からもう刈るものがないな。どうする?首でも獲るか」
大女は立ち上がった。
「うん、お前の命を貰う。カブト、お前は今日から、ともの家人だ。しっかり働け!」




