5:両親との別離
はぁ―はぁと息を切らせながら家まで走る。
(『“普通”じゃ―』って何!?)
(私は普通じゃない?)
友達の最後の言葉を考えながらひたすら走る。
確かに不思議な力が使える様になっているので『普通』とは言い難い。
だがあの言葉には、侮蔑の籠った意味があった。
今は兎に角家に戻る。それだけを考えて一目散に走る。
そして家に着くと私は慌てて家の鍵を出そうとした。
「――」
「――」
家の中から誰かの気配を感じた。
私は音を立てずに微かにドアを開け中の様子を探った。
父も母も仕事に出たはず、なら――
とまさか泥棒か何か?と頭に浮かんだけど、それは杞憂だった。
家の中から、リビングの方から両親の声が微かに聞こえてきたから。
私はドアを開けると慌てて家に入る。
そして両親の声がするリビングのドアを勢いよく開ける。
父も母も行き成り勢いよく開いたドアに驚いた。さらには尋常ならざる様子の私に、息を乱しながら涙を浮かべている私を心配そうに、父と母は優しげに「どうしたの、なにかあったの?」と聞いてきた。
(この時が、この自分の両親から得られた最後の優しい言葉になるなんて思わなかったな…)
呼吸を整えると私は先程の出来事、そして私が不思議な力を得ていた事を告げた。
私が告げて行くと、段々両親の心配げな表情が変わっていく。
私はそんな両親に不安を感じ始めていた。
何故か、目の前にいる両親が、先程の友達と同じような気がして来たからだ。
そして、私の話を聞き終えた両親は溜め息を付くと、私に「部屋で大人しくしてなさい」と、実の娘に向けるには考えられない、それはまるで他所の子供に向ける様な声だった。
私はそんな不安が一杯の状態のまま、取り敢えず言われた通りに自分の部屋のある2階に向かった。
+
ヒメが階段を上がり2階の自室に入るのを確認した瞬間、両親は深い溜息を吐く。
そしてお互いに実の娘に向けるはずのない言葉を吐いた。
「…なぜ私達、普通から“神秘”なんていう化物になるんだ?…まったく仕方ない、面倒だが…」
「…そうね。…なんで普通の私達から…あんな子が?…とにかく連絡しましょう」
「まったくだ……なぜ…」
「「なぜ?」」
両親は御互いに首を傾げつつ目を合わせると頷き、ある所に――政府に連絡した。
+
両親から自室に戻って待って居る様に言われた。
ヒメの表情は不安で一杯だった。
これからどうなるのだろ?と。
ヒメは今まで周囲に“神秘”に目覚めた者がいなかった事と、自分達普通から生まれたのだから娘も当然普通の人間である。と言う考えから“神秘”については特に教えてもらっていなかった。
周囲から“神秘”に目覚めた者、“神秘適合者”の者が普通の人間からどの様な眼で見られているかなんてヒメはこれまで考えていなかった。
噂程度で神秘という魔法を扱う人がいると聞いたくらいである。
そして、今、自分がその立場になった。
ベッドに腰掛け、大きな猫のぬいぐるみに顔を埋める様に抱きしめる。
すると『ピンポーン』と、家のチャイムが鳴り響いた。
「ん?…誰か来たの?……」
誰かが家に来た。このタイミングで人がやってくる。
私はそのタイミングのよさに嫌な予感が過ぎっていた。
私は部屋の扉を少し開けると耳を澄ませた。
(…1人?…ううん…2人いる…)
どうやらやって来た人は2人の様だ。
やって来た2人の人は、両親に促されリビングの方に向かっていった。
そして暫くすると、母が階段の下から2階にいる私を呼んだ。
「ヒメ…あなたにお客さんよ。…リビングに来なさい」
ッやはりだった。
「どうしよう」と思うもまだ小学4年の私にどうする事も出来ない。
呼ばれた通り私は自室から出るとリビングに向かった。
そしてリビングのドアを開けると、そこには、リビングの椅子に2人の男性が座っていた。
1人は何だか怖いなと思う雰囲気が漂う黒いスーツを着た男性だった。もう1人の人も男性だった。先のスーツの人と違い、もう1人の人はあまり見た事のないデザインの赤と紺、そして白のジャージを着ていた。
「ん?おっ!あの子ですか?」
「…あの子か……」
2人の男性が私に気付いたのか椅子から立つ。
スーツを着た怖い感じの男の人がヒメに近づいてくる。
正直私はその人の眼が怖くて震えていた。
その人はヒメの傍に来ると確認してきた。
「……お前が“神秘”に目覚めた者で間違いないな?」
「……えっ?……」
震えてうまく喋れない私に目の怖いおじさんがもう一度確認してきた。
「もう一度聞く。お前が“神秘”の魔法に目覚めた者か?」
「…そ、そのぉ……」
「やれやれすね~。先生、そんな怖い顔して聞いたら駄目っすよ。その女の子震えてるっスよ」
「むっ?そうか?…」
不安と怖さから声が出せない私。そんな時、ジャージを着た青年が苦笑しながら先生と呼ぶ人物に言う。そしてジャージを着た高校生くらい?の男性が変わると、私の視線に合わせる様に膝をつくと人懐っこい笑みを浮かべながら話し掛けてきた。
「俺が聞きますよ。…こんにちはお嬢ちゃん。急に訪ねて来たり、ちょっと怖面の先生にビックリしたかな?実は俺達はある島にある、とある学院に所属している者なんだ。…君はこんな力を使う事が出来るかい?」
そう言うとジャージの青年は右手の平に、手の平くらいの赤い炎を発生させた。
「えっ!?…手に、ひ、火が?」
私は驚く。ただ青年の右手の赤い炎に驚きの目を向けた。
「はは、驚いているねぇ~他にももっと出来るんだけどね。これ以上は先生が睨んでるし、また今度ね。…とまあ、本題なんだけど、君もこんな力を持っているんだよね?出来れば見せてもらえるかい?」
青年は茶目っ気のある笑みを浮かべると右手の炎を消すと、今度は私に神秘魔法を使うように促ししてきた。
「………分かったです…」
私は青年が悪い人ではないと感じ促されるまま両手を合わせると胸の位置に持って行く。そして集中するために眼を閉じた。
そして手の中に温かみが溢れてきた。ゆっくりと手を開ける。すると私の開かれた両手に野球ボールくらいの大きさの光の玉が出来ていた。
ヒメは眼を開けると青年の方を見る。
青年は眼を見開く様に驚いていた。先生と呼ばれたスーツの人も驚いているようだった。
「……驚いたなぁ、まさか“光”の魔法を見れるなんて。これは貴重な事だね、先生?」
「…そうだな。数十年ぶりの“光”の担い手が、まさか後天的に目覚めた少女だとは…」
どうやら自分の使った“光”は珍しい物だとヒメは幼いながらに理解した。
「決まりだ。この子は我が【国立時計塔学院:ウィストレア】が預かる。異論はないな?」
「はい、我々に拒否権はありません。どうぞ連れて行って下さい」
「えっ!?お、お父さん、どう言う事!?」
スーツを着た先生はヒメの両親に視線を向け確認する。両親も異論はないと告げた。
話が勝手に進んでいる事に困惑するヒメ。
そんな私にスーツを着た先生と呼ばれた男の人が説明してくれる。
「これから君はこの街を離れ“神秘”に目覚めた“神秘使い”を育成管理する学院に赴き、そこで生活して貰う事になる」
「ど、どうして?」
戸惑う私に答えたのはアツマと言う名のお兄さんだった。
「力に目覚めた者にはそれを制御し学ぶ必要があるからなんだ。それにね、此処に居るのは君にとっても良い事ではないからね」
「決定事項だ。さてっ、では行くぞ。アツマ、この子は私を怖がっている。君が表の車に連れて来なさい」
そう告げたスーツの人は玄関に向かって歩いて行った。
「そう言う事だから、行き成りで悪いけど一緒に来てくれるかい?」
「待って!行き成りなんて……」
「悪いとは思うが、これもこの世界の法が定めたものなんだ。拒否するなら俺達も手荒な方法で連れていく事になる。だから素直に付いて来てくれ。何、悪いようにはならないよ。学院での生活は保障されるし何より楽しいはずだからね」
「……っ」
手荒な方法でと言う言葉に体がビクッとなる。
私は縋るように両親に目を向けた。
だが、両親の眼には娘に対する情愛の面影はないと感じてしまった。
私は悲しくなり涙目になる。アツマと呼ばれた男の人はポケットからハンカチを出すと、私の目元を優しく拭いてくれる。そして右手を私に差し出してくる。
アツマが差し出す手に一瞬躊躇するもヒメは先程の両親の態度を思い出し此処に居場所はない、と思うとアツマの手を取った。そして玄関に一緒に歩いて行く。
「それでは、えっと……」
「…妃ヒメ。私の名前…」
「そうか…では、これよりお嬢さんを当学院で預からせて貰います」
「ええ、分かりました。荷物などは後で送りますので」
「ではこれにて失礼します」
「い、行ってきます。お父さん、お母さん…」
「ああ…」
別れの挨拶を済ますとアツマと共に玄関を出て表にある車の後部座席にヒメは乗る。
乗ると、ヒメの眼には涙で溢れていた。
それは、最後の瞬間まで両親から親愛のある言葉がなかったからだ。
そしてそんなヒメの様子にアツマは悲痛そうにフロントガラス越しに見る。
「……嫌なもんですね。こう言うのって…」
「仕方ない。普通とはそんなものだ…」
ヒメは泣き疲れたのか車の揺れの中いつの間にか眠りに入っていた。




