親愛なる罪人へ
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今回のテーマは「争いごと」です。
あいぽ
僕は旅に出る事を決めた。
それは真実の愛を探す旅だ。まるで『青い鳥』のチルチルとミチルが、幸せを探す旅に出たように、僕は真実の愛を求めさまよう放浪者になる事を決めたんだ。
――そう、あの時…
自分が愛する婚約者の愛は、彼女の打算によるただのエゴだったと分かった時、僕は全てを捨て、愛を探す旅に出ようと決めたんだ。
この世界に愛などは存在しない。
彼女が愛していたのは、僕自身ではなく、社会と僕とを取り巻く環境だけだった。彼女はそこに、自分の未来を重ね合わせ、ただ平穏無事な将来の安定を望んだだけだったのだ。それが愛だとは、僕は決して思わない。だから、僕は、今まで築き上げてきた地位も名誉も全て捨て、ささやかな未来さえをも放棄したんだ。
僕は、手にしていた万年筆を置き、書きあげたばかりの手紙を丁寧に封書に入れた。そして、ポストに投函しに行こうと、部屋のノブに手をかけた時だった。
「間山…!! お前、本当に検事を辞めるつもりなのか!!」
昨年まで勤めていた東京地検で同僚だった財津が、いきなり僕の部屋に入ってきた。
「君には関係ないだろう。」
僕は、彼の肩を払い、部屋の外に出ようとする。しかし彼は、そんな僕に哀れみの表情で訴えかける。
「俺は、お前を優秀な検事だと今でも思っている。だから、早く戻って来い!! 検事を辞め、保護観察官になったらしいが、お前は一体何を考えてるんだ!!」
僕は、彼のその言葉にため息をついた。もうこれで何度目だろう。もはや、地検に戻る気などこれっぽちもないのに。
「人を裁く事に、もう疲れたんだ。これから僕は、今ままで自分が裁いてきた罪人たちと、共に生きてゆきたいと思うんだ。」
「罪人と共に生きてゆく……!? 何を馬鹿な事を言っているんだ!!」
そんなに、僕を地検に戻したいのだろうか。もしそれが、彼の友情だとしても、もうこれ以上僕の事には関わらないで欲しい。僕は、ここ数ヵ月続いた彼とのこの論争に、もう疲れたし、いつまで言い争っていても、互いに有益性など生み出さないと思うんだ。
だから、僕はついに切り札を彼に見せた。個人情報保護の観点から言えば、決してそれは許されるべきではないが、もしかしたら親友でもある彼に、僕の本当の気持ちを分かってもらえればという願いもそこにはあった。
「君も知ってるだろう。徳永努、十年前に幼児惨殺事件で裁かられた少年。彼は、模範的な態度が認められ、三年前に、少年院から仮出所している。実は、彼の前任の観察官から引き継ぎを受け、今は僕が彼を担当してる。これは、先日、彼から貰った手紙だ。」
◆
前略
間山先生。元気にやってるかい?
実は、今日は先生に相談があって手紙を書いたんだ。
先生には言ってたっけな。
実は俺、好きな人がいたんだ。
俺たちは愛し合っていた。
付き合って一年くらいになるある日、彼女は俺と結婚したいと言ってきた。
正直、俺はすごい嬉しかったよ。
だけど、同時に不安も押し寄せてきたんだ。
俺は、十年前に、罪もない幼児を、自分の性欲を満たすために殺してしまっている。
少年院で、様々な先生たちに出会い、俺は自分の過ちを後悔し、一生をかけてでも償おうとも思っている。
そんな俺が、結婚などしてもいいのだろうか?
そして、過去を隠して今まで彼女と付き合ってきたが、結婚するとなると、俺の犯した過ちを彼女に伝えなきゃいけないだろう。
しかし、もしそれを彼女に告白したとしたら、彼女は俺を受け入れてくれるだろうか?
そんな事を考えていると、最近は夜も眠れないんだ。
……なぁ、先生。
人間ってさぁ、誰かを心から愛した時に、初めて自分の犯した罪の大きさを知るんだね。
怖ぇよ……先生。
俺…
彼女との愛を失いたくないよ
どうしたらいいんだよ。
徳永努
◆
「同情してるのか、間山……?」
手紙を読み終えた財津は、呆れたため息をつき、話しはじめる。
「当たり前の事だが、彼らに与えられる愛などはない。例えどんなに彼らが更生したとしても、彼らに待ち受けているのは、決して拭う事のできない、罪を犯した過ちへの後悔と恐怖に怯える孤独な日々だけだ。なぜなら、それが罪人だからだ!!」
僕は、財津のその言葉に失望した。やはり、彼と分かり合う事など、はじめから出来る訳などなかったのだ。同時に、今の僕の気持ちを、彼に理解してもらおうと思った事など間違いだったのだ。
「財津…、罪人に与えられる愛などないだと? 僕はそうは思わない。罪人だからこそ辿りつく事のできる、真実の愛はきっとあると、僕は信じたいんだ。確かに君の言う通り、彼らはいくら更正したと言えども、社会で生きてゆく中で、決してささやかな未来さえも与えられないかもしれない。だからこそ、そこに真実の愛を見出す扉があるんだと僕は思うんだ。人は誰かと将来を誓う時、無意識にも必ず自分の未来を相手の未来に重ね合わせるだろう。しかし、僕はそんなのものは愛だとは思わないんだ。例え未来などなくても、もしも互いに愛し合える事ができるのなら、そこにこそ打算もエゴもない、ただ愛し愛される事だけを望む、純粋無垢な愛があるんじゃないかと思うんだ。」
僕は、財津の目をしっかり見つめてそう言い放つと、彼に背中を向け歩き出した。それは、決して財津には届かない言葉だと分かっていた。いや、財津だけでなく、世界中の誰にも届かない言葉なのかもしれない。しかしそれは、未来を棄てた自分の心への誓いの言葉として、どうしても口にしたかったんだ。
そして、僕は郵便ポストへと急いだ。罪人への手紙を持って――。
◆
親愛なる罪人へ
例えば君が
過去の過ちを告白して
愛が壊れたとしても
どうか失望しないで欲しい
なぜなら
それは愛ではないからだ
愛とは
意識するものでも
努力するものでもない
ましてや
互いを受け入れる事ですらないのだ
愛とはただ
無意識の中で
互いを尊重する事である
間山高志
こんばんは。あいぽです。
今年のあいぽのテーマでもある、『人間の根底の愛』を「五分企画」でもやっちゃいました。
あま〜い恋愛小説を期待した方、ホントすいません(笑)
昨年は、「バレンタインラブ」をはじめ、甘酸っぱい爽やかな恋愛小説を描いてきたあいぽですが、今年は、沢山の読者様に愛されるというより、むしろ例えそれがマイノリティであっても、読者様と濃く分かり合えるような作品を作ってゆきたいと、思い始めてるんです。誰からも愛される作品なら、あいぽが大好きな人気作家様方にまかせようと……(笑)あいぽは、あいぽで自分のワールドを作ってゆこうと。
そのきっかけは、やはり年始からの連載の「星の王子さま」の反響でした。
そういう意味で、今年あいぽが心がけているのはいかにキャラクターを深く作りこみ、彼らにどんなテーマをもたせるかという事です。
この作品は、どちらかと言えば、春の競作祭「はじめてのxxx。」への参加作品の「十七歳の地図」の根底にあるテーマと少し似ています。「十七歳の地図」では、主人公が十七歳という若さがあるからこそ、今回の間山とは違い、もっとストレートに、もっとアツク色んな事を伝える事ができるんじゃないかと、只今試行錯誤の日々を送っています。
最後になりましたが、このような企画を与えて下さいました弥生様、企画参加の作家の先生方には厚く御礼申し上げると共に、今後ともご指導ご鞭撻頂けますよう宜しくお願い申し上げます。
あいぽ