エピローグ
俺、葛城祐樹は焦っている。
物凄く焦っている。
その元凶はなんてことない、俺の目の前に置いてあるただの紙切れ一枚、この0.1mmにすら満たない無機物1つのせいで、俺は昨日からずっと苦しめられていた。
「進路希望調査」
その最強に最恐な元凶には、これまた無機質なインクではっきりとそう書かれていた。
期限は12月10日までだよ、と言われ11月20日頃に配られたこの紙。
気が早いな、どーしよっかな、まぁまだ時間あるし。
そんな悠長なことを考えながら机の引き出しに押し込んだその紙は、あっという間に19日という日数を机の中で過ごし、そして
「進路希望調査の紙、まだ出てないの葛城だけだぞー、明日忘れたらお前来年1人ぼっちのクラスになるからな」
との脅しを担任の吉田勝彦、通称よっさんから受け、慌てて引き出しからひっぱり出されたのだ。
…と、それが昨日の放課後。
そして今、その進路希望調査の紙が俺の前に再び姿を現してからちょうど丸一日たったくらいだろうか。
その紙にいくつかある空欄の中で埋まっている場所はたった1つ。
名前欄。ただそこだけ。
「あー!くっそ、大体まだ高校1年生だぞ⁉︎この高校すら決めるのにくっそほどに時間かかったっていうのに、まだそれから1年経ったか経ってないかで今度は将来の夢と大学決めろとかさ、無理に決まってんだろ!龍もそー思わんか?」
そうやって、俺の目の前に座ってさっきからニヤニヤしている奴に向かって愚痴をぶつける。
「いやー、まぁ実際そーだけどさー、そんなもの適当に書いときゃいいんだって!お前考えすぎなの!」
と、ニヤニヤの表情を崩さずに言い切りやがったこの男は、中島龍斗。
俺と龍の父親同士が元々仲が良かっただったせいで、俺が物心つく時から龍とはよく遊び、幼稚園、小学校、中学校、そしてあろうことか高校まで同じという、相手が女だったら最強に萌えるであろうシュチュエーションに堂々と君臨してきやがった、まぁ所謂「腐れ縁」ってやつだ。
「考えすぎって言ったってなー。」
改めて紙に書いてある項目に目を通し、そして深く息を吐いた。
「将来の夢もなんも考えつかんし、将来の夢が分からんから文理選択もどっち行けばいいかなんて分からんし、何より志望大学名と学科3つ書けとかさ、もうさ、何これ、いじめ?いじめなの?東大くらいしか大学知らないんだけど、俺。」
「えー、じゃあもう東大でよくね?東大理Ⅰと理Ⅱと理Ⅲ希望で、理系で、将来の夢発明家!おっけ!完成ー!いえーい!よっしゃ提出しよ、そして帰ろう!」
理Ⅲとかは医学だから発明家目指すなら違うとこ行くだろ。
とつっこもうかと思ったが、多分待ちくたびれたのだろう、言い終わるやいなや机に突っ伏してうだうだしはじめたのて、俺はスルーして再び進路調査希望書を見つめなおした。
「最悪、大学名は後からなんとでもなるからいいとして、文理選択は大事だしなー。やっぱ大雑把にでも夢決めとかないと方向性がなー」
あー、わかんね。そう呟きながらシャープペンシルで机をトントン、と叩く。
すると、龍がいきなりガバッと顔を上げて、キラキラした目を向けてきた。
「そうじゃん、あるじゃん!祐樹も夢!ほら、幼稚園の頃から中3くらいまでずっと言ってたじゃん!」
そう軽く叫んだ後、スゥッと一息吸って、あまり大きな訳ではないが、はっきりと胸に届く声で放った。
「正義のヒーロー!!!」