不注意な男
ある雨の日の夜のことだ。
彼は、郊外に向かって車を走らせていた。
対向車の数も道路の両脇に並んでいる建物も、街灯の数に比例して段々と少なくなってきた。
前日に徹夜で仕事をしたので、彼はひどく疲れていた。肩は凝り、目はかなりショボついていた。
彼は一瞬、バックミラーに目をやった。彼の車の後部座席には、3人の男女が彼の心境など露知らずといった様子で、静かに眠っている。
運転を代わって欲しかったが、そんな事はできない。
「はぁ……。何でこんなことに……」
大きく溜め息をついて、彼はハンドルを握り直した。
強く降りしきる雨のように、彼の心はひどく沈んでいた。
しばらく道なりに走り続けると、建物の数はさらに少なくなり、さらに自然が目立つようになった。彼以外の車はしばらく通っていない。
単調な景色が続いたせいで、次第にぼーっとしだして、気づけば脇見運転をしていた。
すると、路肩に設置された『脇見注意!!』と書かれた看板が彼の目に入った。
「おっと……。危ない危ない。また脇見してたよ」
そう呟いて、彼が前に向き直った瞬間、目の前に突然、人の姿が現れた。
「うわっ!」
反射的にハンドルを切り、ブレーキを踏んだが、もう遅かった。
鈍い音が、彼の鼓膜を震わせる。車はそのすぐ後に止まった。
彼は慌てて車から飛び出した。醜く歪んだバンパー。割れて明滅しているライト。そしてヒビの入ったフロントガラスには、血が付着している。それらは事故の酷さを生々しく物語っていた。
そして車から数メートル離れたところに、誰か倒れていた。どうやら、女性のようだ。そばには完全に骨の折れた傘が落ちていた。雨の中を走って近づいてみたが、彼女の足はあらぬ方向に折れ、膝の辺りからは、骨が皮膚を突き破り、白い顔を覗かせていた。
一応首に手を当ててみたが、やはり脈はすでになかった。
「どうしよう……。用事もあるし……」
彼にはどうしても朝までに終わらせなければならない、重要な仕事があった。その仕事の出来次第で彼の人生が左右されてしまうほどの重大な仕事だ。
警察に連絡なんて出来るわけがない。
仕方なく彼は、彼女の死体を車の後部座席に運んだ。
「こんな日に運転なんかするんじゃなかった。これで何度目だ? また掘る穴が増えちゃったよ」
その時突然、空が光った。
車の中までが明るく照され、3人の男女の顔がはっきりと見えた。
3人共、頭から大量の血を流し、首や腕などがどれも異常な方向に向いていた。服はぼろぼろで、そこから露出した身体も傷だらけだった。
次の瞬間、腹の底まで響くかのような雷鳴が辺りに轟いた。
彼は助手席に置いてあるスコップを見て溜め息をつき、再び車を山へ向かって発進させた……。




