第三話 真実の一端(霧人・百合side)
【注意】18禁スレスレかもしれない表現があります。女性の方は特に気分を害する可能性があるのでお勧めできません。
ある日の午前中、夕凪市の端近くに位置する柳原山の中腹にある孤児院、柳原荘の廊下を管理人である山崎百合は相場霧人を引きずりながら歩いていた……
「俺は無罪だぁぁぁ…」
引きずられている霧人の口からうわごとのように呟かれる言葉に、百合はあっさりと言い返す。
「キリスト教の教えには『姦淫することなかれ』に則って淫らな妄想しただけでアウト、とあるからどの道アウトだからね」
「ちょっと待て。それって『マタイによる福音書』のキリストの言葉だよな…てことは…ヤベェ!死刑宣告じゃんか!?」
百合の一言に意識を現実に戻した霧人が反応した。
「死刑とは失礼ね。目を抉り出したり、手を切り落とすだけじゃない」
「十分キツイ!というか、それって自分でやらないとなんだよな…?」
「まあ、キリストの教えには『人を裁くな』ってあるしね。自分で反省しなさいってことでしょ。まあ、お姫様抱っこでも太ももには触れるからアンタなら色々と妄想したんじゃないの?」
「まあ、確かに柔らかかったけど…じゃない!不可抗力だ!ちょっと歩き出したら急にあの子が倒れたから仕方なかったんだよ!」
百合の発言に激しく反論する霧人だが、百合はどこ吹く風といった様子で、廊下ですれ違う孤児達に
「コイツみたいになっちゃダメよ~」
などと言いながら
霧人を書斎まで引きずっていった……「さてと、もう一度昨日のことを聞かせてもらった上で、礼ちゃんについて話しましょうか」
「ああ、そうだな」
書斎に入った途端二人の纏う空気が気軽なものから、鋭利なものへと変わった。
百合は書斎の中央にある執務机とセットのイスに腰掛け、執務机をはさんで霧人と向かい合った。
「昨日はスーパーの帰り道に、いつも通り建設中の工業団地を通っていたら、礼とぶつかった。その際、後方から追って来ていた『軍』の非正規関係者が礼を確保。そこで、礼を救い出すと同時に追手二人を撃破。逃走中だったらしい礼を柳原荘に案内しようとしたら、彼女が気絶したため、やむを得ず両手で抱えて運搬した。やむを得ず、な」
「はいはい。あんたが余計なことしてないのはわかってるわよ。それで軍の関係者の撃破に当たって問題はなかった?」
「あの場所で礼を確保した軍関係者が護送車両を呼んでいたことから、少なくとも工業団地というところまではバレている。ただし、増援を呼ぶ前に撃破したため、俺の存在はバレていない。また、新たな追手が来る前に逃走したためここも割れてはいないだろう」
「そっか。大変だったね~……」
霧人との事務的なやり取りが一区切りついたところで、百合は一瞬だけ表情を戻すと霧人を労う。しかし、霧人はいつものボケた雰囲気や戦闘中に見せる飄々とした雰囲気を少しもださずに事務的な会話を続ける。
「それで礼のことはどの程度わかっているんだ?」
「今のところはあんまり。名前はあんたが言った通りない、もしくは記憶喪失みたいね。家族のこととか聞いてもわからないって言うし。後は間違いなく『ジェネレーター』であることは間違いないわね。倒れたり、発熱した原因は能力使用の副作用だから。」
「そんな御託はいい。気を使ってくれるのはありがたいが、話しを進めることを優先してくれ」
普段からは考えられないほど冷静な声で話す霧人に百合はため息をもらした。
「はぁ…ホントにこういう話しになると人が変わるわよね…年上の厚意くらいありがたく受け取っておきなさいよ…そして年上を敬いなさい」
「すまない。昔は軍の実験台だったからな。聞かずにはいられないんだ。それに追手こそ単なる雑魚だったが、非正規だった。つまり彼女も軍の実験台にされていた可能性はあるはずだ」
相変わらず年上への敬意の足りない霧人の態度に、百合は再度ため息をつくと、再び真面目な表情で話し出した。
「長い話しになるわよ?まず、霧人の予想通り礼ちゃんは『軍』の実験台で間違いないでしょうね…千鶴ちゃんからも診断報告を受けてたけど、あの無表情さと冷静さから見て、βブロッカー系の投与によって感情を抑制されてることは間違いないね。それに神経系の薬も投与されてたみたいで、記憶にも影響が出て、自分が収容されてた施設のことや、なんでそこから逃げたかも覚えてないみたい…」
「βブロッカーってあれか…『恐怖や不安、疲れを覚えない兵士を作り出す』とか言ってアメリカさんが実験してたやつか。確か研究は非人道的だとかで潰されたんじゃなかったか?」
暗いトーンで話す百合に霧人は質問した。
「βブロッカーは心臓病の治療にも使われるけどね。それをより強化したものが礼ちゃんには投与されたんじゃないかしら?確かに研究は潰れたみたいだけど、研究員は日本に渡ったらしいわ。おそらくは『軍』に拾われたんでしょうね」
「つくづくそんな情報をどこから持ってくるのか疑問だな。この孤児院の運営費の出どころも疑問だが、スポンサーは何者だ?やはり反政府勢力か?」
今度の霧人の質問には明らかな百合への疑いが含まれていた。
しかし、百合もまるで慣れているかのように落ち着いていた。
「それは秘密。ただ安心して。霧人が心配するように孤児達を反政府の尖兵に仕立てあげるようなことは絶対にしないから。あんなかわいい子達に人殺しや戦いは絶対にさせない。話しを進めるわよ。ここからは千鶴ちゃんが礼ちゃんを診断した結果なんだけど、さっきも言った通り、様々な投薬をされてたみたい。一応命に関わるような無茶な薬はなかったみたいだけど心配ね。あとね……」
「どうした?」
質問に凛として切り返した百合が急に下をうつむいたのを疑問に思ったらしく、霧人が質問をする。
百合は少し沈黙した後、顔をあげて話し出した。
「彼女はね……純潔を奪われてたのよ……実験動物扱いされた上に愛玩道具にされてたみたい……彼女自身は忘れてるみたいだけど、薬の効果が切れて思い出したらどんなに辛い思いをするか……霧人?」
霧人が無言で背を向けて部屋から出ようとしたために百合は話しを中断する。
「『軍』の非正規部署、いや、暗部はそういうところだ。人の尊厳を平気で踏みにじる。今更驚くことではないだろう。ただ……俺の戦う理由が増えただけだ」
霧人は百合の質問に今までと変わらない冷静な口調で答える。ただし、両手を血が滲むほど握りしめているのが先程までとは違った。
百合は悲しそうな表情のまま笑いながら言う。
「相変わらず冷血なようで優しいわね……手、後で千鶴ちゃんから治療してもらいなさいね」
「優しくなんかないさ。ただ管理人兼保母殿がそんなに悲しそうだと子供が不安になるからな。それに礼がそのことを思い出した時につらそうだったら救ってやればいい。俺や千鶴を育てた『母さん』にならできるはずだ」
ただ冷淡だった先程までとはうって変わって優しい声音で慰めてくれているらしい霧人に対し、百合は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。そうね。よしがんばっていこう!あっ……そういえば剣護君から今日帰って来るって連絡があったから、帰ってきたら相手してやりなさいね」
「はいよ」
百合の言葉に一言だけ返した霧人は扉を開けて書斎から出ていった……
優等生です。読んでくださってありがとうございました。凌辱設定とかですみません…しかし、後々の内容に関係してくるのでどうしてもやるしかなかったのです…気分を害した方、本当にすみません…
ちなみに、作中に「アメリカでのβブロッカーを用いた恐怖を覚えない兵士を造り出す実験」は今リアルに行われています。ゆくゆくは機械と人間を融合させるとか。アメリカさん、マジ学園都市。詳しくは「アメリカ βブロッカー ニューロ・サイエンス」で検索すれば出ると思います




