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奇豆  作者: tethqr
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岩下の話

 2時間ほど経つとその霊能力者さんはやってきた。セミロングの髪は無造作にセットされていて、少し釣り目がちな女性だった。ジーンズに黒い無地のTシャツと、心持ちワイルドな印象を与える。

「岩下といいます。よろしくおねがいします。」

ハキハキとした物の言い方をする人であった。

例のお隣さんは岩下さんの自己紹介を見るや

「あ、私は緑間みどりまと申します。改めて、よろしくお願いします」

と深々とお辞儀をした。

「早速ですが少し私、寝かせてもらってよろしいでしょうか」

「あぁ寝るといい。我々の方で今後の予定を話しあっておこう」

「よろしくね、ちさとちゃん」

そう言うと、緑間さんは私がさっきまで寝ていたベッドへ倒れこむや、あっという間に眠ってしまった。


「寝てないんでしょうか、緑間さん」

「ここ一週間ほどはほとんど寝ていないはずでしょう。色々ありましたから」

「お仕事は何をされているのでしょうか」

「今は何もしていないはずですね」

「へぇ、そうなんですか」

暫く沈黙が流れる。先に口を開いたのは岩下さんの方であった。

「緑間さんの事、信頼しすぎてはいけませんよ。彼女は嘘をつき、事実を隠す」

「・・・」

どう反応すれば良いのかわからない。

「高橋さん、私は何があったのか、緑間から聞いていますよ。あなたみたいな体験をされた方が、今こうして落ち着いて会話できるなんて、普通ありえないことです。大抵の人間は精神が壊れてしまって、食事さえままならないんです。なぜあなたが無事なのか。きっと緑間はそんなこと言っていないのでしょう。

 それは、緑間から霊魂を分け与えてもらっているからなんですよ。

 霊魂投与治療法というのは我々の業界では広く知れ渡った治療法でして、緑間のような霊魂拡散の性質を持った人間が、精神に異常をきたした人々に対して通常長い期間を設けて行うのものです。今のあなたには最低1ヶ月はこの治療を受ける必要があると思われます。なぜ彼女がこの事をあなたに言わなかったのか、わかりますか」

「・・・」

「彼女には別の目的があるからです。彼女にはあなたばかりに構っていられない理由があるのです。彼女がこの街に来た理由をお教えしましょう。プライバシーの問題などもあるので少し心苦しいのですが、あなたには知る権利があります。私は彼女のこと、人としては好きですが同業者としては正直嫌いなのですよ。」


「彼女には夫がいます。かつて巨万の富と強大な権力を有していた夫が。今では大量の借金を抱えて、暴力団から追われる身ですがね。

 緑間は夫がそんな富を手に入れるよりずっと前に嫁入りしています。夫が事業に成功した時の彼女の喜びようったら、ありませんでした。あの時が一番幸せそうでしたよ。

 ところが夫がどん底まで落ちると一転、彼女は夫にそれまでずっと秘密にしていた自らの能力を暴露し、暴力団から夫を守る狂戦士となったのです。例のサイコキネシスや探知能力を生かし、自ら車を駆ってひたすらに逃げ続けました。当然、素人である暴力団員に見つかるはずもありません。

 ところが彼女も機械ではありません。眠る必要が出てきます。周囲に敵がいないことを確認して車の中で仮眠をとり始めた緑間は、目が覚めると両手両足を縛られておりました。逃走生活に嫌気がさした夫は、暴力団に自分の妻を売ったのです。超能力者という異例の存在と引換に借金をチャラにしたその下衆は、あっというまに私に捕まえられて、事の顛末ゲボるハメになりましたがね。一方で緑間も緑間で、”集中力を乱せば超能力者は超能力を使うことはできない”なんてオカルト信じた奴らに捕まったおかげで、能力対策としてやられたことと言えば大音量のヘッドホンを被らされただけ。人間を倒すのなんて血管やら脳味噌やらの位置を少ーしだけズラせばよいだけですからね。彼女にとっては造作もないことです。そんなわけでなんの問題もなくアジトに蔓延る合計200人近い暴力団員を全員ノックダウンしてお家まで帰ってきたってわけです。そこでお出迎えしたのが私と、ボコボコに伸された愛しのダーリンでございますね。ところが彼女、全ての事情を聞かされてもなお、夫を愛していると宣言致します。『心の弱さは誰もが持つもの。受け入れましょう』などとお優しい言葉を投げかけたところ、これには私も夫もイチコロで御座います。

 そうそう、高橋さん、緑間が霊魂拡散を制御しきれていない点についてはお聞きになられましたでしょうか。はい、はい、はい、そのとおりでございます。ただ、檻の中に入れられた時に大豆など持ち合わせていることがありましょうか。否、ありえません。加えて、日常生活ならば大豆数個で事足りもしましょうが、人を倒すためという悪意によって魂を拡散させる時の魂の漏れというのは尋常の量ではありません。大豆で勘定するなら10個20個と言う単位になりましょう。かといって漏出する魂の受け皿を用意せずに能力を使えば、その場に蓄積された霊魂が後に悲惨な事故を起こさないとも限りません。心優しい彼女は、きちんとしたアフターケアをして下さったので御座います。

 魂の受け皿として優れているのは無機物よりも有機物。有機物の中でも霊魂の受け皿として優れているのは、やはり人の体で御座います。最も優れていると言われるのが眼球、次が肉、そしてその次が骨でございます。まぁ骨と言うのはほぼ無機物みたいなものですし、この順位でもおかしくはのないでしょう。ただこの骨、腐ることがなく、また持ち運びも便利という理由から、序列で言えば三番ではありますが、最も頻繁に用いられる人体の部位でございます。彼女が目をつけたのがその中でも歯ですね。人の歯というのは都合の良いもので、霊魂を込めて歪んだ形というのが大豆そっくりなんで御座います。プクプクとした丸い形で非常に綺麗なのです。彼女は自分の倒した人間から歯を抜き取り、そこに自分の霊魂のゴミを蓄積していったのです。

 彼女は再び夫を連れて逃げ出します。今度は夫の借金のみではありません。暴力団からの報復からも逃げなければなりません。しかしこの暴力団、相手の力量を知るやいなや、とんでもない掃除人を雇う事となります。

 それは悪魔でございます。

 霊界には数多くの悪魔が存在しますが、その中の一匹と契約した稀有な人間が暴力団の手先として彼女らに牙を向きます。緑間の探知能力やサイコキネシスを駆使したところで悪魔の追跡から逃れることは出来ず、最終的にはとある山中にて直接対決となったそうで御座います。勝利が確定的ではないと見込んだ彼女は、念のため一旦夫を霊界へ逃します。彼女の霊魂を過剰に注ぎ込めば夫を霊界へ送り込むことができる、というのは高橋さんも既に知っていることでしょうか。霊界というのは存外に安全なところです。故に彼女はそこへ夫を逃したわけで、いかに悪魔と契約した者であろうとも、そう易々と行けるところではございません。そして彼女は悪魔使いとの戦いへと臨み、激闘の末に辛くも勝利します。しかしその戦いの最中に自分の霊魂のゴミ入れなどに気を配る余裕など無く、後に確認したところ、持ち合わせていた40個の歯のうち、13個が消えていたそうでございます。そこで彼女はその消えた歯を回収しようと、そのとある山の近くにある街に引っ越してきた、というわけです」


「彼女の恐ろしさ、理解できましたか。これが真実です。彼女は嘘をつく。本来これは本人が言うべきことなんです」

「楽しそうですね。話すの。」

この岩下という女、好きになれそうになかった。

「えぇまぁ、霊媒師と言えば話術に負う所が大きいというのもありますねぇ、少なからずは」

「大体、わかりましたよ。」

「そうそう、この話には悲しい後日談というものが御座いましてね。霊界へ逃した夫を緑間は必死に探したものの、結局見つからなかったそうなんですね。一方で彼女は13個の歯を回収する必要があるために夫ばかりにうつつをぬかす訳も行かないのです。ところでこの回収というのもの、非常に難儀なものとなっております。おそらく彼女、この一週間は夜中つねに魂の網を張って街全体を監視していたのでしょう。並大抵の体力では持ちますまい。そうそう、あなたの部屋には魂の抜けたただの歯が1つ2つ、転がっているのではないでしょうか。彼女に見せてやれば、きっと喜びますよ」

「そういえば、ベッドの下に一度だけ無数の虫の卵みたいな大豆みたいなものを見たのですが、あれは何だったのでしょうか?さっきの話を聞くと人の歯ってことになるのでしょうが」

「無数?霊魂を持った一本の歯が、そこに宿る記憶を頼りにシャドウ(幻覚)として生前の口内環境を再現して人の目に映す、などというのはよくある話ですが・・・」

すると・・・と声を漏らすと、彼女は高橋さんの部屋を一度見てみようと言って外へ出た。

鍵の壊れたドアを開くと、いつもの自分の部屋だった。テーブルがいつもより少しずれてはいたが。

 私と岩下さんとで注意深く部屋の中を探すと、ベッドとマットレスの間に13本の人の歯が挟まっているのが見つかった。起床した緑間さんにそれを見せると大層喜んだ顔をちらと見せたが、私を前にして喜ぶのは不謹慎だと思ったのだろう、すぐに顔を引き締めた。

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