服フェチだから
衣服とは本来、肌を隠し、身を守るための「第二の皮膚」に過ぎない。しかし、仕立ての美に魂を売った者にとって、自らの身体こそが衣服の完成を阻む邪魔な「狂い」となる。
寸法の狂いを病的に嫌い、究極のフィット感を追い求めた一人の男。彼が路地裏の奇妙な古着屋で出会ったのは、着る者の肉体を喰らい、完ぺきな衣服へと作り替える漆黒の異形だった。
これは、怪異に侵されながらも、完璧な着心地の前に理性を手放した男の、美しくも狂おしい歓喜の物語である。
僕は重度の服フェチだ。
デザインやブランドではなく、生地の「仕立て」や「肌なじみ」に異常なこだわりがある。特に古着が最高だ。前の持ち主の体の癖を記憶し、まるで第二の皮膚のようにしなやかに身体へ吸い付く感覚――それがたまらない。
ある雨の日、路地裏の奇妙な古着屋で、一着の漆黒のスーツを見つけた。
絹のように滑らかなのに、どこかしっとりと生暖かい質感。タグも表記もないが、仕立ての美しさに一目で魅了された。
「それ、特別製ですよ。着る人にどこまでもフィットします」
店主の言葉通り、部屋に持ち帰って羽織った瞬間、全身にゾクゾクとする快感が走った。
サイズを測ったわけでもないのに、肩幅、胸囲、袖丈……すべてのラインが僕の体にミリ単位で密着する。生地自体が生き物のように微動し、僕の体温と同化していく。
「すごい……完璧だ」
僕は酔いしれた。あまりの着心地の良さに、そのまま脱ぐこともなく一晩を過ごした。
翌朝、シャワーを浴びようとジャケットのボタンに手をかけた。
――外れない。
ボタンだけではない。袖口も、襟元も、体に張り付いて離れないのだ。
焦った僕は、生地を強く掴んで無理やり引っ張った。
「――ギャッ!?」
激痛が走った。
鏡を見ると、引っ張られたスーツの生地と一緒に、僕の皮膚が大きく伸びていた。
縫い目だと思っていた部分は、毛細血管のように赤い線を帯び始めている。生地の「しっとり感」は、内側から僕の血と脂を吸い上げているからだった。スーツは脱げないのではない。僕の筋肉や神経と、すでに完璧に「縫い合わされて」いたのだ。
恐怖で叫ぼうとした瞬間、スマートフォンが鳴った。
古着屋の店主からのメッセージだった。
『着心地はいかがですか? それは服が好きすぎて、自分の皮を剥いで服に仕立てた男の“無念”でできています。次はあなたが、誰かに着られる番です』
鏡を見直すと、僕の首元から顔にかけて、皮膚がすーっと滑らかな黒い生地へと変わり始めていた。
だが――恐怖で引きつりそうになる口元で、僕は笑った。
こんなにも美しく、完璧な服になれるなんて。
だって僕は、服フェチだから。
「服を着る」という日常の行為の先に、もしも究極のフィット感を求める狂気があったなら――そんな着想からこの物語は生まれました。
本来は人を護るはずの衣類が、逆に主人の肉体を侵食し、完璧なシルエットへと再構築していく。その恐怖でありながらも、当人にとっては至上の快楽であるという歪んだ美意識を描きたいと考えました。
身体の「狂い」を削ぎ落とした男が最後に到達した姿を、皆様がどう感じられたか ports や想像を巡らせていただければ幸いです。最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました




