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【ホラー都市伝説】幽閉された階――廃ビルの昇降機が映し出す異界への扉  作者: 如月妙美


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幽閉された階――廃ビルの昇降機が映し出す異界への扉

プロローグ:夜更けのオフィス街

 終電を逃した会社員・加奈子は、深夜2時過ぎのオフィス街を足早に歩いていた。時計代わりのスマホを見ると、午前2時17分。人通りはほとんどなく、街灯に照らされるビルの窓はほとんど真っ暗だ。ようやく雨に濡れた階段を上り、一室だけ灯りのついている古びたビルにたどり着いた。そこは、忘年会の打ち上げ会場でもあり、深夜まで開いていたバー「ノクターン」である。

 加奈子が入口のドアを押すと、擦りガラス越しに薄明かりが漏れ、カウンター席で数人の客が思い思いにグラスを傾けていた。彼女は安堵のため息をつきながら、自動ドアの近くにあるエレベーターホールへ向かった。そこで傘を置き、バーのトイレに行こうと振り返った──そのとき、エレベータの脇にあるボタンパネルが妙に目を引いた。

 普段なら「B1」「1」「2」「3」「4」という刻みのはずが、そのパネルには見慣れない「5A」というボタンが紛れ込んでいたのだ。ラベルはかすれており、あたかも昔からあるかのように見えるが、加奈子が通い慣れたビルでは「5階までしかない」ことを確かに知っている。しかも電灯の蛍光が鈍く点滅し、薄暗いホールに重厚な雰囲気を醸していた。

「5A……?」

 戸惑いながらも好奇心に駆られた加奈子は、ついそのボタンに指を伸ばした。すると──鈍い金属音とともにエレベーターの扉がわずかに開き、古びた金属の匂いが漏れ伝わった。

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第1章:不気味な昇降機の秘密

 1.ビルの歴史と廃墟化

 このビルは築50年余り、かつては中規模企業のオフィスビルとして栄えたが、その後テナントが相次いで撤退し、現在では1~2階の雑居スペースと地下の駐車場だけが使われている。5階はかつて社長室や役員会議室があったが、長らく無人のままで、薄暗い廊下が残されているという。

 10年前の火災事故で5階の一部が焼失し、一時期は全面改修が検討されたが、資金難で放置状態のまま廃墟化が進んだ。その際、エレベーターの制御装置も更新されずに旧機種が使われ続けたまま現在に至る。

 2.「5A」ボタンの伝承

 地元の噂では、火災事故直前まで、役員専用の「5A」という隠し階が存在していたという。そこは「特別会議室」と呼ばれ、重要機密や極秘プロジェクトが行われた場所だった。

 社員証を持つ元幹部の証言によれば、「5A階の入り口は、5階の奥にある鉄扉の向こう側だった。そこへ直通する専用エレベーターが1基だけあり、階数表示には“5A”と鉄製のプレートがかかっていた」と述懐している。だが、火災後は封鎖され、ビル改修時に廃止されたという。

 3.加奈子が触れた異変

 加奈子がボタンを押すと、エレベーターは階数表示を示すパネルを暗転させ、「1」「2」「3」「4」「B1」しか光らないはずの数字が一瞬だけ「5A」を示した。

 しかし扉は開いたままピクリとも動かず、かすかに金属音だけが余韻のように鳴り響いていた。加奈子が身を乗り出して中を覗くと、内部の照明は点灯せず、床面には薄い埃の層が積もっており、足跡らしきものもない。

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第2章:深夜にだけ響く足音

 1.謎の足音と囁き

 翌日、加奈子はバーのマスター・ひろしに昨夜の出来事を打ち明けた。洋は眉間にしわを寄せて、「5A階は幻かもしれない。深夜2時を過ぎると、エレベーターの制御が不安定になり、かつての隠し階表示が一時的に蘇ることがあるって、昔から店で言われてるんだ」と答えた。

 夜更けになると、ビル内の至る所で足音が響き渡るという証言も挙がった。特にエレベーターホールから5階に続く非常階段の前で、「誰もいないのに誰かが駆け降りてくるようなバタバタという音」「扉が閉まる『ガチャリ』という金属音」が深夜帯にのみ頻発し、監視カメラにも写らないことが謎だった。

 2.目撃者の証言

 ある深夜タクシー運転手は、「午前3時過ぎに乗客を拾った帰り道、ビル前を通るとエレベーターが開き、白い作業着の男がふらつくように降りてきた。念のため停車しようとしたが、その姿は人影が抜けたように消え、代わりに埃が舞っただけだった」と証言した。

 他の目撃者も「5階の窓に赤い作業服を着た人影を見た」「深夜4時にビル内の防犯カメラが一瞬だけ歪み、そのあとに映った映像にはぼんやりとした影が立っていた」と話し、深夜帯だけ起こる異常な現象を語り合っていた。

 3.エレベーターの制御異常

 技術に詳しい大学院生・誠は、加奈子の依頼でエレベーターの制御盤を調査することになった。だが、深夜2時から4時にかけて行うという条件を付け、旧式の制御装置にアクセスする手筈を整えた。

 深夜2時30分、誠はエレベーター機械室に侵入した。機械室は古い照明しかなく、壁には配線図や古いメンテナンス記録が張り付いている。制御盤には「5A」と手書きされた空白ボタンの配線が残されていたが、端子は錆びついて導通していないように見えた。

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第3章:封印された知識と古い記録

 1.旧テープに残る記録

 機械室の物置に、古いビデオテープが幾つか散乱していた。誠は、そのうちの一本に「1972 Elevator Test – 5A」と書かれたラベルを見つけ、持ち帰って再生機へかけた。

 テープの映像には、当時の管理者が「新設された役員専用階“5A”のテスト走行」を撮影した記録が映っていた。そこでは、5階の踊り場に設置された隠しドアを開け、エレベーターに乗り込む役員が映っていた。映像には「1972年11月15日」と日付が映る。エレベーター内部の表示パネルには確かに「5A」の文字が光り、床面には新調されたカーペットが敷かれている。

 2.「5A階」の真実

 さらにテープを巻き戻すと、音声で技術担当者の男性の声が聞こえた。

「この‘5A階’は、社長室とは別に設けられた“極秘プロジェクト研究室”への直通階です。ここで開発中の新兵器や新薬の開発データを隔離管理します。万が一、社内に漏洩があっても、ここは外部アクセスが不可能な構造にしてあります。鍵は所長が所持し、操作権限は厳重に制限します」

 その後の映像には、ドアの表札に「秘匿区域 5A」と書かれた銘板が映っており、薄暗い間接照明のもとで男性技術者が謎のボックスを開封し、中から小瓶入りの錠剤や怪しげな機械の部品を取り出している様子が捉えられていた。

 3.火災事故と「封印」

 1972年12月初旬、このビルで原因不明の爆発が発生したと記録に残っていた。映像の最後の部分には、5A階の実験装置が突如爆発に巻き込まれ、煙が充満する様子が映されている。その瞬間、技術者の叫び声とともにテープは急に途切れた。

 爆発事故後、5A階は封鎖され、内部は完全に立ち入り禁止区域となった。以後、社長を含む幹部の多くが転勤・退職し、極秘プロジェクト自体が隠蔽されたまま忘れ去られていったという。

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第4章:夜の鍵穴に映る遺影

 1. 異界への誘い

 加奈子たちはテープの再生を見た後、真実を確かめるため深夜3時に再びビルを訪れた。廊下は濡れたコンクリートがわずかに反射し、空気はひんやりと硬く冷たい。エレベーターホールへ辿り着くと、深夜の静寂を破るように「シューッ」という送風機音が響いた。

 エレベーター内部に再度乗り込むと、加奈子は深呼吸しながら「5A」のボタンを押した。すると表示パネルは誇張されたピンク色に点滅し、「5A」が明るく光った。扉は異様なほどゆっくりと閉まり、床下からは「ガタガタ…」という異音が響いた。

 宙吊りのように揺れる感覚の後、扉が開くとそこには薄暗い5階の更なる奥、かつて5A階への隠しドアがあった場所に続く短い廊下が現れた。扉には「秘匿区域 5A」と書かれた古びた銘板がかかっていたが、塗料は剥げ落ちて読みづらかった。廊下の壁には古い配線と錆びた鉄製パイプが剥き出しになっており、天井灯は一本も点灯していない。

 2. 深夜の渦巻く亡霊たち

 廊下を進むたびに背後では「キーボードを叩くような微かな音」「金属が擦れる音」「人が胸を叩くような鈍い振動音」が聞こえた。そこかしこに血のように赤黒い液体の染みが飛び散り、「立ち入り禁止」の札は無残に剥がれ落ちていた。

 廊下の奥にたどり着くと、かつての研究室の入口と思われる鉄扉が半開きになっており、中から淡い青白い蛍光が漏れていた。加奈子が近づくと、内部には埃の積もった実験機器や散乱した書類が転がっていた。そのとき、背後から金属製の椅子が引かれる音とともに、「こっちにおいで」と囁くような低い息遣いが聞こえた。振り返っても誰もいない。

 3. 遺影の影が語る真実

 室内を見渡すと、古い実験台の上に壊れかけたスクリーンと映写機が置かれており、そこに小さく「1972-12-03 02:15」と示されたテロップが浮かんでいるのが見えた。加奈子が恐る恐る映写機の電源スイッチに触れると、映写機はかすかに起動し、スクリーンにぼんやりと人物の影を映し出した──まるでかつてここにいた技術者と思しき人間が、何かに怯えるようにスクリーンを見つめている後ろ姿だった。

 その人物は手に持った札のようなものを揺らしながら、「お願いだ…誰か…止めてくれ…」と声にならない呻き声をあげた。画面がノイズでちらついた瞬間、手に持っていた札には「許可なく立ち入り禁止」とだけ書かれてあったのが一瞬だけ読み取れた。その瞬間、映写機は不意に停止し、室内は深い闇に包まれた。加奈子は絶叫しながら部屋を飛び出し、エレベーターに駆け戻った。

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第5章:解かれた呪縛と開かれた門

 1.封印の祈り

 加奈子は翌朝、大学の友人で仏教研究者の沙織さおりに連絡し、現状を説明した。沙織は「このビルには今でも“負のクオリア”が残っており、深夜だけ異界に通じる薄い境界が開くのだろう」と語り、急遽、その夜に「封印の祈祷」を行うことを提案した。

 深夜1時、二人は仏具を手に、ビルの最下階に位置する小さな祠へ向かった。その祠はもともと社員の精神を守るために設けられたもので、古い木彫りの仏像が薄暗い照明の下に置かれていた。沙織は線香と五色の護符を用意し、「ここに眠る人々の想いを鎮め、境界を閉じる」という意図で読経を始めた。

 祈祷の最中、廊下の上方では「ザッ…ザッ…」と湿った足音が階段を下りてくるような金属音が鳴り響いた。しかし祠の前で読経を続けると、足音は次第に弱まり、ついには完全に消えた。沙織は深く息を吐き、「これで境界は閉ざされたはず」と告げた。

 2.ラスト・ライド:現れる最後の影

 午前2時30分、加奈子と沙織はエレベーター前に腰を下ろし、その動作を見守った。先ほどまでチカチカと点滅していた「5A」の表示は消え、「B1」「1」「2」「3」「4」「5」と正常に戻っている。念のため加奈子が〈5A〉ボタンを押そうとしたが、パネルにはボタン自体が消えていた。

 だが直後、背後の階段踊り場で微かに人影の気配が走った。振り返ると、非常階段に沿って旧給水ポンプ室のほうへ消えていく黒い影があった。加奈子が驚いてエレベーターに飛び込み、「1」を押した瞬間、背後から「ありがとう…」というか細い声が風に乗って漏れ聞こえた。

 エレベーターは静かに降下し、周囲の灯りが次第に明るくなるとともに、胸にわだかまっていた得体の知れない恐怖がほぐれた。加奈子は深く息を吸い込み、ほうっと肩の荷を下ろした。

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エピローグ:薄明かりに消えた階と影

 ナイトハーベストの「5A階」のように、人々が忘れ去ったまま凍りついていた記憶や怨念が薄闇に紛れて浮かび上がる瞬間は、誰にも制御できない。だが、夜通し続けられた祈祷と封印の儀式を経て、古いビルのエレベーターから〈5A〉ボタンは消え、深夜2時の異界への扉は閉ざされた。

 その後、ビルの所有者は老朽化を理由に全館建て替えを発表。エレベーターの旧機種は撤去され、新型エレベーターに交換されることになった。解体が進む夜、ふたりの仏教研究者と加奈子は最後の見届けとして現地を訪れた。二人は建物の前で合掌し、まだ残るかすかな気配に向かって念を送った。

 建て替え工事の初日に、古い制御盤や配線類が搬出されると、かすかに「シューッ」という送風音だけが聞こえたという。しかしその音は内部の機械ではなく、通りがかりの風のざわめきであった。深夜2時すぎのあの「5A階」は、まるで最初から存在しなかったかのようにビルの記憶から消え去り、ただ建物の跡地には新たな未来についての噂だけが残された。

 廃墟となった深夜ビルの音は、今夜も静かな夜風に乗って遠ざかりながら、小さく消え入りそうな声をささやいている――。

 完。


※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

※コメントやレビューは、みなさまに平等にお返しができないため、OFFといたします(ご了承ください)。

【動画】 YouTubeにて公開しています。Noteにも順次公開の予定(時期未定)です。



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