突撃新妻は氷の伯爵令息を撃破する
「いい天気だね。小春日和って言うのかな」
「ええ、風もなく。あなたのたまの休みが好天でようございました」
「クララがしっかり家を守ってくれているから、僕も後顧の憂いなく働けるのだよ」
夫オリバーの視線が優しいです。
そう、忙しい夫と昼下がりのお茶の機会なんて滅多にあるものじゃありません。
今日が穏やかな日でよかった。
神様に感謝です。
夫オリバーはチチェスター伯爵家の嫡男で、将来は大臣をも務めるだろうと言われているエリート官僚で。
本来はわたしのような、ホワイト男爵家の娘の夫になるような人ではないのです。
こんな経緯と理由がありました。
――――――――――一〇年前。
「ええっ? 伯爵令息と婚約、ですか?」
お父様からもたらされた縁談にビックリしました。
だってわたしみたいな美人でも優秀でもない目立たない子に、どうして伯爵家の嫡男から婚約の打診が来るのですか?
喜ぶというより戸惑いが大きかったです。
「有り体に言えば政略だ」
「それはそうでしょうけれども、先方に何の得があるのです?」
先方に何らかの思惑があるのだということはわかります。
だって一度も会ったことのない方ですもの。
わたし自身が評価されているのではありませんよね。
ではうちホワイト男爵家の何かが重視されているのでしょうか?
格上と縁ができるうちホワイト男爵家のメリットは理解できますけれど。
「チチェスター伯爵家に子供は一人でな。クララと婚約するオリバー君は一度結婚に失敗している」
なるほど、わたしは後妻でしたか。
だったら家格違いもあり得る話ですね。
どうしてわたしみたいな地味な子なのかの疑問は残りますけれど。
「オリバー君はクララより年齢は五つ上」
「あっ、まだお若くていらっしゃるのですね」
「うむ。商業大臣付きの秘書に抜擢されて、仕事が大変忙しいのだ」
「大変優秀な方ではないですか」
「そうだな。オリバー君の先妻は美人ではあったらしいのだが、自分に構わぬオリバー君に不満が溜まり、子供を連れて離婚ということになったそうだ」
「あらまあ」
「……これは噂だが、その子供というのはオリバー君の血を引いていないのではないかという」
先妻様に同情しようと思ったところにこれですか。
オリバー様も大変ですね。
「オリバー君は元々女性に対して奥手だそうでな。おまけに自身の結婚が散々ときたものだ。すっかり女性不信に陥っているのだそうな。氷の伯爵令息と言われているくらい」
「氷の伯爵令息ですか」
「しかし伯爵夫妻にとっては、息子が二二歳にもなるのだ。早く跡継ぎをと願うのは当然だろう? ではうちの末娘はどうですかとねじ込んできた」
事情は理解できましたが。
先方は伯爵家ですよ?
「わたしなんかで伯爵夫妻は納得したのですか?」
「ねじ込んできたというのは一ヶ月も前の話だ。今になって婚約の打診が来たのは、当然クララとうちを調査した結果だと思うぞ」
「先方がわたしをいいと思ったということですか? わたしのいいところってどこでしょう?」
自分で思いつかないのですが。
「まず我がホワイト男爵家が貴族間の派閥にほぼ関係なく、堅実経営であること」
「政略ですものね。そういうところは重要ですね」
「そして比較的多産の家系であること」
「うわあ」
言われてみるとわたしも兄が二人、姉が二人います。
「クララが健康で精神的に安定していること。まず淑女と言っていい落ち着きと慎ましさがあること」
「……その辺は当たり前のような気がしますけれど」
「オリバー君の先妻には備わっていなかったな」
「なるほどです」
「クララのようなきょうだいの多い末っ子は、たくさん愛されて育つものだ。きょうだいのいないオリバー君に愛を分けてあげなさい」
お父様が格好いい言葉で締めましたよ。
オリバー様と婚約が成立し、わたしの成人を待って結婚の運びとなりました。
結婚式でのオリバー様をよく覚えています。
二度目の結婚式のはずなのに、どこかぎこちなくて。
それまでに何度か会っていましたけど、あまり打ち解けることができませんでしたものね。
でもわたしには何も言わず、貴族としての義務を優先して結婚に臨んだのだと思います。
立派な殿方だと思いました。
オリバー様が結婚や女性に不信感があったというのはその通りだと思うのです。
にも拘らず優先順位を間違えない律儀な人。
こういう真面目な人が夫なのだなあと、嬉しくなりました。
でもオリバー様はわたしを信頼してくださっていないわけですよね。
氷のように心を閉ざされるのは悲しいことです。
どうしたらいいかしら?
わたしにできることは……。
「誓いの口付けをどうぞ」
これです!
お父様は愛を分けてあげなさいと言いました。
わたしの精一杯の思いを乗せて。
――――――――――
懐かしそうに夫オリバーが言います。
「君との結婚式は衝撃的だった」
「衝撃的って」
「価値観が変わったというか。誓いのキスの時に飛びついてきたろう?」
「わたしの愛を表現するのに必要だったのですもの」
新郎から新婦にキスをするのが普通です。
でもオリバーにとっては苦痛でしょう?
先の結婚がトラウマになって、女性に対して複雑な思いを抱えているのでしょうから。
だったらわたしから行くしかないではありませんか。
「キスの時間も長かった気がする」
「わたしの愛を浸透させる時間が必要だったのですもの」
「結婚式に出席した人達に随分冷やかされた」
「わたし達の熱が伝わったのは良いことですわ」
アハハウフフと笑い合います。
「……その熱は僕の心の中の氷を溶かしてくれた気がするんだ」
「よかったですねえ。わたしも誇らしいです」
「一度聞きたかったんだ。クララは僕の何を気に入ってくれたのだろう? 決して理想的な夫ではないと思うのだが」
以前の結婚の失敗がまだ尾を引いているのですかねえ。
心の傷というものは、見えなくとも深いものののようです。
「オリバーは立派ですよ。王国のために、身を粉にして働いているではありませんか」
「しかし僕は君や家族を……」
「家のことはわたしや執事に任せておけばよいのです。そして立派な殿方は報われるべきなのです」
まあ、オリバーったら顔をくしゃくしゃにして。
「クララ、君が妻でよかった」
「結婚式の時の口付けは、わたしも勇気がいりましたけどね」
神様に応援された気がしたのです。
やってしまえと。
でもあの口付け以来、オリバーの態度が劇的に軟化しましたからね。
神様のおかげなのかなあと思ったりもします。
オリバーに抱きしめられます。
窓越しの柔らかな日差しと確かな愛です。
「ただいまあ!」
「おっ、ラブシーンだラブシーン」
「もう、入室時はノックしなさい」
子供達が幼年学校から帰ってきました。
陽気で元気ないい子達です。
子供達も含めて皆でぎゅっとします。
ああ、これが幸せというものですね。
『新郎から新婦にキス』のところ、『心労から神父にキス』と変換しました。
そんなカオスな結婚式にはぜひ出席してみたいです(笑)。
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