第8話 正直で小悪魔な二人
「お前さ……」
「すみません……油断しておりました」
クラスメイトに詰められた日の夜。
夕飯のパスタを食べながら呆れる俺に、テーブルを挟んで対面に座った綾乃は謝罪する。
「お前は男子たちに大人気の『クール美少女』なんだから、もうちょっとそれを自覚してだなぁ……」
あの場はいろいろありながらも、結局は「一人暮らし同士の協力で、飯を作ってあげてる」ということが周知されただけでなんとか収まってくれた。
休日をともに過ごしたことや、夜に通話をしていることはバレていない……はずだ。
それは不幸中の幸いだろう。
「重々承知していたつもりだったんですけど……」
「てかそう。俺も綾乃なら大丈夫だと思ってたんだよ。先週は距離感弁えてたんだから。今日は何があったんだ」
学校では「昨日のうちに釘を差しておけばよかった」と後悔したが、それをしなかったのは相手が綾乃だったからだ。
綾乃ほどのできた人間なら、自分の発言の話題性を理解していると思ってたんだが……。
「そりゃあ私だって、あのようなことを言うのはダメだって分かってます。分かってますけど……桐原さんのお料理を「自分が作った」と言い張るのは、私が許せなかったんです……すみません」
しゅんとした様子で伏し目になる綾乃。
人の手柄を奪いたくない、というプライドが上回った結果、抑えきれなかったということか。
そう言われると、なんというか……久しぶりに『クール美少女』としての一面を見れた気がする。
「まぁいいよ。綾乃が俺の料理大好きっ子ちゃんだってことが分かったし」
「? バレてなかったのですか?」
許してやるかわりに、綾乃の照れる顔だけ見ようと俺はニヤけながら言うが、綾乃はキョトンとした顔で俺の言葉を肯定した。
「私、桐原さんのお料理は大好きですよ? それどころか依存しちゃってますもん。桐原さんがいなければ、生きていけない体になってしまったかもしれないくらいには──大好きです」
顔を見れなくなるのは俺の方だった。
包み隠さず「好き」と伝えてくれる綾乃に、俺はなんとなく全ての男子たちが惚れる理由が分かった気がする。
「……そういうのは心にしまっておいてください」
「嫌です。桐原さんにはちゃんと言葉にしないと伝わらないみたいなので」
「伝わってる伝わってる」
「ダメです。これからもずっと好きって言います」
「俺をどうする気なんですか」
「どうする気もないですけど……強いて言えば、照れさせます」
「自覚あったのかよ」
「桐原さんの照れてる顔、かわいいからたくさん見たいんです」
「それは俺のセリフだろ……」
俺が苦笑いをしながら返すも、綾乃からの返答がなく顔を上げる。
すると綾乃は、ぱちりと見開いた瞳とほんのり上気した頬で俺を見つめていた。
「……照れてないし、かわいくないです」
「照れてるし十分かわいいだろ」
「嘘はやめてください」
「俺がいつ嘘を言った……いじわるはするけど」
「それは……そうですけど」
困ったように頷く綾乃。
感情の起伏がちゃんとある綾乃の方がかわいい。
それは照れている時も同様なので、先ほどの言葉には何も嘘はなかった。
「普段はかわいく綺麗に見えるよう頑張ってますから、自分がどんな顔を浮かべるか分からない照れてる姿は人に見せないようにしてるんです」
「それが『クール美少女』の始まりということか。けど、俺と二人だけのときは結構照れてない?」
「それは桐原さんが心臓に悪いことを言うからであって……いえ、もしかしたら桐原さんになら心を許せているということなのかもしれません」
「ならこれからも許したままでいてくれ」
「え?」
「俺は学校の姿よりも今の綾乃の方が好きだからさ。このままでいてくれ」
俺の言葉に綾乃はさらに頬を赤く染める。
小さく俯き俺の視線から逃れた綾乃に、俺は微笑みながら続ける。
「綾乃はどっちの俺がいい?」
「……学校です」
「あれ、想定外」
「家での桐原くんは、ヤバいです」
「出た。まったく、最近の若者はなんでもかんでも「ヤバい」って言って……」
「あなたも若者でしょうに。でも、今の桐原さんは本当にヤバいのです」
「えぇ……?」
不機嫌になりながら、食べ終わった食器をキッチンに持っていく。
俺も綾乃に倣ってキッチンに行く。
「来ないでください」
「俺も食べ終わったんだけど」
「今はダメです」
「えぇ……」
「女の子に軽々しくかわいいって言わないでください」
「嘘はあんまり言いたくないんだけど」
「じゃあ私もたくさん『かっこいい』って言いますよ」
「綾乃もあんまり嘘は言えないタイプだろ」
「…………嘘じゃない、ですもん」
コトッと食器を置く音が鳴り、次には静寂が部屋を支配した。
俺も綾乃も耳まで熱を帯びていて、どこにも喋る余裕は残されてなかった。
「……それなら、俺は何も言えないなぁ……」
「すみません……やっぱり撤回してもいいですか?」
「え?」
「お世辞じゃないって分かってる「かわいい」は、やっぱりたくさん言ってほしいです。褒めるところは褒め合う、そんな関係でもいいです、か……?」
……ほんっと、コイツはかわいすぎるんじゃないかな。
意味がないと思いながらも、少しでも赤くなった顔を見られたくないので、左手で顔を覆う。
そして──ポンっと綾乃の頭を撫でた。
「き、桐原さん……?」
「ごめん。ダメなのは分かってるだけど……抑えられなかった。そういうかわいいことはあんまり言わないでくれ」
すぐに手をどけてリビングに戻る。
この関係は絶対にクラスメイトにバレたくない、そう思ったのだった。
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