第7話 俺の家に『クール美少女』がいる
俺の家に『クール美少女』がいる。
この数文字にとんでもない威力が隠されている。
「出来立てのお料理……」
「あ、あぁ……もう少し待ってろ」
勢いで綾乃の提案を飲み込んでしまったあと、どんどん話が進んでいった結果、「それならタッパーで渡さずに俺の家で食べたほうがいい」ということになってしまった。
そして今、リビングに座る綾乃はキッチンにいる俺をじっと見つめていた。
非常にいたたまれない……。
対する綾乃は、初めて食べる俺の出来立ての料理とお菓子に目を輝かせていて、異性の家に二人きりという状況に気づいていない様子であった。
もし気づいていて「桐原さんなら何か変な気は起こさないでしょう」的な心配をしているのならすぐにやめてほしいものだ。俺の気が持たない。
にしても…………。
普段俺だけが飯を食ったり課題をしたりくつろいだりしている空間に、ちょこんと座るクラスの『クール美少女』。
もはや自分の家とも思えないこの空間。たった数日前までは絶対にありえなかったこの空間。
人生何があるか分からんな、と思うと同時に、信頼されてるのはほんのりと嬉しい。
それはそれとして、あまりよろしくはないだろうとも思うが。
何もする気はないが、一応は俺も男子高校生だという事を理解してほしいものだ。
しばらくして調理を終えた俺は二つのお皿を持ってリビングに向かう。
「チャーハン……いかにも男子高校生の昼食って感じですね」
「わるいか」
「お腹空いてきました」
もっと素っ気ないと聞いていたのだが、学校の生徒たちはこんなにも素直に話してくれる人に対して『素っ気ない』と言っているのだろうか?
「いただきます」と言い食べ始める綾乃。
スプーンですくった熱々のチャーハンに、ふーふーと息を吹きかける。
少し前かがみになり垂れてきた触覚を左手で支えながら、その小さな口にスプーンを運ぶ。
「お、おいしい……!」
顔をあげた綾乃の表情はとろけていた。
それを見ただけで、俺は満足感やら幸福感やらでお腹いっぱいになってしまった。
美味しいと直接言ってもらえるのが作り手冥利に尽きると言うが、そんな言葉では言い表せないほどの幸せだった。
自然と口角が上がる。まるで子供を見ている気分だ。愛くるしさと庇護欲が掻き立てられる。
時刻は一時前。今日は夕飯もうちで食べていく約束だ。
……俺、耐えられるのか?
その後二、三時間ほど集中して勉強をした。
俺は綾乃ほど勉強が好きな訳では無いが、折角の機会なので綾乃に教わりながら先取り学習をした。
ふと視線をあげると、疲れからなのか綾乃の手も止まっていた。
「休憩するか?」
俺が言うと綾乃はバッと顔を上げる。
恥ずかしそうに小さくコクンと頷いた。もしかしたらずっと頭の片隅にお菓子がちらついていたのかもしれない。
キッチンに向かい、朝のうちに焼いておいたクッキーを取り出して皿に移す。
「コーヒーって飲める?」
「飲めます。わざわざありがとうございます」
せっかくなのでコーヒーとチョコ菓子も取り出す。一人で食べるより誰かと一緒の方が美味しいというものだ。
「ん」
「こんなに……ありがとうございます」
「俺も甘いの好きだからな。はやく食べないと俺が全部食べるぞ」
「そっ……それは、やです」
「冗談だ」
こういうのを見てると、『クール美少女』もただの一人の女の子なんだなと思う。
テーブルに起きマットに座ると、綾乃はまず何よりも最初に俺の手作りクッキーを取る。
両手で掴んで口に運び、音を立ててかじった。
食べやすいサイズにしたが、綾乃の小さな口には一口で入らないようだった。
「あ……これすごく美味しいです」
「お、まじ? どういうのが好きか分からなかったから、シンプルイズベストのバター風味に仕上げてみましたお嬢様」
「敬うのやめてください。ただでさえ『クール美少女』とか言われてるのがお恥ずかしいというのに……」
「知ってたのかよ」
「面と向かって言われたことはありませんが、まぁ」
困ったように笑う綾乃。
そりゃ、あれだけ噂されていれば本人の耳にも入ってしまうか。
「悪口でなければ裏でなんと呼ばれてようといいですが、さすがにちょっと恥ずかしいですよね」
「しゃーなし」
「桐原さんもそちら側なんですか」
「『クール』も『美少女』も、どっちも正しい説明だからな。こんなにもこの二単語が似合う人もいないんだから、まぁ頑張って受け入れてくれ」
「……桐原さんはなんでこう…………いえ、なんでもないです」
「なんだよ」
「なんでもないです!」
怒った顔でそう言うものだから嫌われたのかと不安になるが、ヤケ食いするように俺のクッキーを食べるのでその心配は必要なさそうだった。
分かりやすいのか分かりにくいのか……難しい。
休憩のあと勉強を再開した。
暗くなるまで続けて、夕飯は白ご飯と味噌汁、焼き魚の和風料理を二人で食べた。
チャーハンにクッキーと、綾乃ならカロリーが少し気になるだろうと考えての献立だったが、「ありがとうございます」と言われたのでその意図もバレていたのかもしれない。
「い、いけません」
「どうした?」
ごちそうさまでした、と手を合わあせたところで、綾乃は何やら困ったような声を漏らした。
「今日ずっと桐原さんの料理を食べさせてもらったのに、明日からまた夜のタッパーだけだなんて、戻れる自信がありません」
「……っ」
口元をなぞるように左手を添え、寂しそうに目を細める綾乃。
頬を赤らめながら俯き、目元が垂れた前髪で隠れる。
子供っぽくもありながら妖艶さもある綾乃に、俺も頬が熱くなるのを感じる。
「す、すみません。また私、我儘なことを……」
自分が何を言ったのか思い直し、ハッとした様子で謝る綾乃。
しかし俺も、これほどまでに料理を気に入ってくれたのに、その思いを無下にすることは出来ない。
「ならさ……、昼は弁当、夜は俺の家で食べるってのはどうだ?」
だからこそ、後先考えずに提案してしまった。
手間の面は問題ない。料理を作る量が増える分にはさほど時間も変わらないし、なんならタッパーを使わなくなるもんだ。
「い、いいのですか……?」
「俺はどっちでもいいぞ。お前が食べたいって言うなら、その期待に答えてやるってだけだ。まぁだから、お願いされない限りは何もしないってこと」
「……ちょっといじわるになりました?」
「何のことだかさっぱりだ」
「本当に、お優しいです……桐原さんは。でしたら――明日から、桐原さんのお弁当とお夕飯が食べたいです。お願いしてもいいですか?」
綾乃の過度な『クール』も、温かみのある料理のおかげで少しずつ和らいできたのだろうか。表情も言動も考えも、すべてほんのり柔和になったように感じる。
そんな綾乃が……少し、いとおしく感じてしまった。
あくまで料理を作る代わりに勉強を教えてもらうだけの関係。それが少し進展しただけ。自覚していた事実が、なんだか自分を思い込ませようとしているように感じてきた。
……いや、いっときの気の迷いだな。
「あぁ、もちろんだ」
――そんなこんながあってあの昼休みに至った、というわけなのだ。
「おいどういうことだよ!!」
「桐原くん!? 起きてるんでしょう桐原くん!?」
「おい被告! 裁判中に寝るな!」
「え、え、どういう関係なの!?」
「オレの……オレの綾乃さんに何をしたアアァァァ!!!」
さて……どうやって切り抜けようか?




