第6話 女の子が好きな料理?
「女の子が好きな料理?」
大通りから一本脇道に逸れたところにある喫茶彩香。
俺のバイト先であるこの個人経営の喫茶店で同じくバイトをしている大学生一年生の一ノ瀬すず先輩に、ある相談をしていた。
もちろん、二時手前という昼食にも休憩にも合わない微妙な時間で、客が少ないことを確認してからである。
あと、すず先輩が暇そうにしていたから。
「え、なに、彼女?」
「違います」
「彼女持ちはみんなそう言うんだから」
「違います」
「ちぇっ」
肩辺りで整えられたストレートヘアのショートカット。黒と黄金色のプリン頭が特徴的だ。
喫茶店の制服である落ち着いた色味のメイド服と白のエプロン姿は、すず先輩の低い身長もあって、子供っぽいというよりも子供そのものだった。
しかし豊満な体つきは大人の魅力を持っている。
とても明るい性格で、まだここでのバイト歴が短い俺でも接しやすい。
また、低身長をいじると怒ることは既に知っている。
「じゃあなんで急に女の子の話題が……あっ、好きな人できた?」
「なんで恋愛脳しかないんですか」
「彼氏無し女子大生だもん」
「……なるほど。それは、なんと言うか」
「憐れむのやめてね?」
カウンター席に座っていたすず先輩がポコっと一発殴ってくる。
「最近料理を分けてあげてる同級生の女子がいるんですよ」
「特殊な青春送ってんね」
「黙ってください」
「わたし相談乗ってあげてるのに!?」
「それで、せっかくなら好きそうな飯をあげたいなって」
「やっぱり好きな子できたんだ……お姉さん悲しいよ」
「……だから違いますって」
女子ってみんなこうなのか?
相談する相手間違えたか?
この相談をしたのは、せっかくなら綾乃の喜ぶ顔が見たいと思ったからだ。
好きなものを作ってあげたいと思うのは、料理を作る側の人間として当然のことだろう。
誰にあげるかどうかは関係無しに。
「その女の子との関係値がどーしても気になるところではあるけど」
「とも……、知り合いです。これで満足ですか?」
友達と言おうとしたが、なんと言えない関係なので濁しておく。
知り合いかお隣さんが一番近いだろう。
「ふぅーん? まぁそういうことにしてあげようかなぁ?」
話しながら、すず先輩の対面に俺は座る。
するとすず先輩は両手で頬杖をつきながらニヤニヤして話してくる。なんとなくからわれている気がしたので、小さな頭をペシッとはたいておく。
「……女の子の頭は叩いたらいけないんだよ」
「それ昨日も言われました」
「やーい暴力男~! DV彼氏~!」
「店の中で嘘を広めないでください」
酔ってるのかと一瞬思うが、全然これがいつも通りだった。
「まぁ冗談はこれくらいにして」
「長いですって」
「別に食の好みは女の子で同じってわけでもないからねぇ。料理ではないけど甘い物でもあげれば?」
「偏見がひどいですよ…………実際甘い物ってみんな好きなんですか?」
「わたしの感覚では多い気がするし、嫌いな人はそーたくんが料理をあげるときに『無理!』って言うでしょ?」
「たしかに……」
先程までふざけていたすず先輩から論理的に説明されるとなんか嫌だが、確かに甘い物というのはありかもしれない。
勉強を頑張っているのだから、糖分の差し入れというのもいいかもな。
「ありがとうございます。参考になりました」
「にしし、いいってことよ~! いつでもお姉さんに頼りなさい! そして高校生の恋バナを聞かせなさい!」
「ないです」
「告白頑張ってね……っ!」
「だからないですって」
涙ぐみながらサムズアップをするすず先輩に呆れつつ、改めて良いバイト先だなとしみじみ思った。
◇ ◆ ◇
「苦手なもの、ですか?」
バイトが終わり綾乃の部屋を訪れた。
昼の分も「美味しかった」とか「この味付け好きだった」とか、事細かに感想を伝えてくれたが恥ずかしくなってきたので、俺は遮るように質問した。
「そ。アレルギーは聞いてたけど、苦手なものは聞いてなかったな、と」
「言ったでしょう。桐原さんの作ったものはどれも好きだと」
「……そうかよ」
「なんでちょっと機嫌悪くなったんですか」
むすっとする綾乃。
その表情になりたいのは俺なんだけど。無自覚でそういうことするから、なおさら心臓に悪い。
「なんでもねえよ。それより、明日も昼頃来てくれ。バイトはないからいつでもいいけど」
「そんな……悪いですよ」
「で、本音は?」
「ありがとうございます」
「そのくらい遠慮ないほうが俺も嬉しいよ」
「美味しいご飯を食べられるのは誰だって嬉しいです。だから本当に感謝してます」
ニッコリ微笑む綾乃に俺も小さく笑う。
当たり前に感じてくれるというのはやっぱり嬉しい。
「それでさ、明日ってお前なんか用事ある?」
「明日ですか? いえ、特には……しいてあげるとすればお勉強を少々するくらいですね」
「ならちょうどいいかもな。明日お菓子作ろうと思ってるからおやつの時間にでも食べてくれ。いい糖分補給になるかもな」
「い、いいのですか!?」
思ったよりも食いつきがよく、目を輝かせる綾乃に俺は驚く。
これほど『クール美少女』の皮が剥がれたのは、初めて感想を伝えられた時以来だったからだ。
「す、すみません。はしたなくて……」
「いや、可愛かったから全然いいんだけど。お菓子好きなのか?」
「お菓子好きって言ったら子供っぽいですけど……甘味は大好きです」
綾乃の言葉に俺はすず先輩に「ありがとうございます」と感謝の念を送っておく。
美味しいという言葉だけじゃなくて、こんなにも可愛らしい顔まで見れるなんて、俺はなんと幸福な人間なのか。
その幸せが逃げない程度には、今後も続けていきたいな……。
「あ、でしたら」
「ん?」
何か思いついたように呟く綾乃。そして――、
「お昼から桐原さんのおうちにお邪魔してもいいですか?」




