第26話 言及はなし、です
まぶたの上から感じる穏やかな光。
そんな朝日で目を覚ました。
「…………え?」
甘い香り。
人肌の温もり。
なぜか俺の膝の上にいる綾乃は、俺の背中に手を回して抱きしめていた。
顔は見えない。俺に体を預けていて、肩に頭を乗せているからだ。
麗しい黒髪が頬に触れる。押し付けられる女の子らしい柔らかな体は、思春期の男子高校生には居心地が悪かった。
「……どういう状況?」
しかしあまりにも異質なので、逆に冷静になれたのは助かった。
変な気を起こしてもおかしくない状況だし……。
「おーい綾乃……って、起こしたらマズいか」
どいてもらって何があったか聞こうと思ったが、今起きたら何されるか分からんな……。
今は日曜日の朝七時。
学校もバイトもないし、綾乃が起きるまでゆっくりするか。
……なるべく早く起きて欲しい。
そう願うこと二十分ほど。
「ん……」
「お。おはよう、綾乃」
「うん……ん?」
「お嬢様、朝ですよ。挨拶できますか?」
「ん……ふぇ、えと……おはよ……?」
「正解。おはよ」
「んふ……せいかい。おはよぉ」
まだまだ意識は覚醒していないようで、声は聞こえてくるものの抱きつく姿勢はそのままだ。
お硬いクールな雰囲気も眠気の前では消えていて、言い換えればふにゃふにゃになっていた。
「おはよ。挨拶は十分に分かったからさ、そろそろどいてもらうことは可能でしょうか」
「んー……、や」
「ダメかぁ……」
綾乃に言われてしまえば無理に起こせない。
もう少し待つことにした。
◇ ◆ ◇
「あの…………」
スマホをいじって待っていると『クール美少女』の声が聞こえてきた。
「あ、起きた。とりあえずどいてもらえると非常にありがたいのですが」
「い、言われなくとも…………っ」
綾乃はそそくさと立ち上がってソファに座る。
こころなしか距離が遠い気がするが、正常な判断ができているようで安心した。
本当に。
「それで、その、もしよければなぜ俺の上に綾乃がいたのかお聞きしたいのですが……原因俺?」
「えっと……まぁ、そうですね?」
「……土下座と何が必要でしょう?」
「い、いらないですっ……お互い言及はなし、で手を打ちませんか」
「…………俺が寝てる間になんかした?」
今のって明らかにそういうことだよな?
「お互い言及はなし、です……っ!」
「えぇ……俺も昨日の話を持ち出されたら何も言えないから助かるんだけど……。やっぱ聞いちゃダメ?」
「絶対ダメです。言おうとしたら今日のことをクラスで偏向報道します」
「そ、それはかなり困るな……」
「……桐原さんの朝ごはんで許してあげます」
綾乃はここぞとばかりにつけ込んでくる。
「それはなんとも安上がりなことで」
「至福の時間ですもん」
恥ずかしさで顔を真っ赤に染めていた綾乃の顔がほころぶ。
なんでもないように嬉しいことを言われてしまえば、言及する気も失せてしまう。
「では朝食をご用意いたしますので、ごゆっくりとおくつろぎくださいませ。あ、一回部屋戻る?意図せず泊まったし……」
言いながら改めて思ったけど……綾乃が俺の家にお泊りしたと考えると、いろいろと別の恥ずかしさが湧いてくる。
「せっかくの休日ですし、桐原さんがよければパジャマで過ごしちゃいます」
「俺はいいけど……明るくなったらそれで部屋まで帰ることになるぞ?」
「…………たしかに」
「一回帰ったら? その間に朝飯作っておくから」
今日はバイト入れてないし、別に一日中いたって俺は問題ないけど、綾乃が動きにくいだろう。
まぁそもそも、どれだけ信頼されていようとも男の家にずっといるってのも、気分がいいものではないはずだ。
「…………昨日は離してくれなかったのに」
しかし綾乃がそれを否定した。
最悪の理由付けとともに。
「ねぇ俺ほんとに何したの……? やっぱ朝抱きしめてたのって……」
「言及はなしです」
「綾乃が掘り返したのに」
「桐原さんがズルいのがよくないです」
「聞きたいんだけど」
「だから私もずるく行きます」
後ろから頰がつつかれた。
昨日のことから明らかに接触が増えて心臓に悪いが、綾乃の言い方からして、抱きしめたのが俺からかもしれないので何も言い返せなかった。
「……俺も触るぞ」
せめてもの抵抗だけしておく。
「触れるので?」
「…………綾乃ずるい」
「ふふ。夜以外は負けません。夜の桐原さんは……すごいので勝てないですが」
聞く人が勘違いしそうな言い方をするな……。
「やっぱいいです」
「いいって……何が?」
急に話題が変わり、聞き返す。
「家帰るの、大丈夫です」
「でもそれは綾乃が困るんじゃ……」
「今日はずっと、桐原さんと過ごしちゃいます」
思わず振り返ると、はにかむ綾乃の姿があった。
それを言われちゃ……なんも否定できないな。




