第23話 一緒にいてもいいですか
「今日はもう少し、一緒にいてもいいですか」
震えながら、しかしはっきりと紡がれた言葉。
俺が少しからかったとはいえ、その提案には固まらざるを得なかった。
「…………と、言いますと?」
「別にそのままの意味ですけど、その、男子生徒たちに邪魔されたと思っているのは桐原さんだけじゃない、ということで」
学校と俺の家で態度が違うことからも、それなりに懐いてくれていることは分かる。
だから、綾乃は俺との時間をもっと求めている……なんて都合の良い解釈をしてもよいのだろうか。
なんでもないように理由を述べる綾乃の顔は相変わらず赤い。
テーブル一つ挟んで反対側にいても分かるくらいには肩が震えていて、綾乃も自らの提案の意味は理解しているようだった。
「そ、の……俺も男なので、そういうことを言われると」
それでも一度ちゃんと、聞いておかなければならない。
「何かするのですか?」
「何もしないけど……って前も聞かれたなこれ」
「ふふ、ですから大丈夫です」
「…………けど、何もしないって言ってイタズラするかもしれないぞ?」
「その時は私もやり返します」
「そりゃあ俺には得しかないな」
「イタズラされたいのですか?」
「……それは言い方が悪いだろ」
「やっぱりかわいいです」
「言ってろ」
そう言って立ち上がりキッチンに向かう。
せっかくもう少しいるのだから、お菓子とかジュースでもっと打ち上げっぽくしよう。そんな建前で逃げ出した。
小悪魔モードの綾乃に入ってしまったので一度頭を冷やさないとマズい。
お盆にいろいろと載せてリビングに戻ると、綾乃の座る位置が変わっていた。
具体的に言えばソファとテーブルの間、そして隣にちょうど一人分座れるスペースが空いている。
「綾乃さん」
「私思ったのです」
「……聞こうか」
「なんでいつも対面に座っているのでしょう」
うちのリビングにある横長のテーブルは、一人暮らしにしてはそれなりに大きい。
勉強もこのテーブルでやるので、小さすぎないのが良かったからだ。
そのため、二人がテーブルの横を挟んで座るとまぁまぁ遠い。
言い換えれば他人の距離感なのだが。
「一般的な感覚なんだが」
「仲が悪いと思われてしまいますよ」
「誰にだよ。今は二人だけだろ」
「そうです、二人だけですよ? だから隣に座ってもいいですよね?」
「……綾乃ずるい」
「女の子はずるい生き物ですよ。ともかく、私は隣で一緒に食べたいです」
それを言われてしまえばもう何も言えない。
綾乃がいいならそれでいい。俺は……別に、嫌ではないのだから。
お盆をテーブルに置き綾乃の左隣に腰を下ろす。
近くを通ることや並んで歩くことはあったが、横並びで座ることは初めてだったか。
体育祭終わりにシャワーを済ませておいて助かった。
「それにしても桐原さん」
「ん?」
「一緒にいてもいいですか、と聞いたのは私ですけど……何をしましょう?」
「それは俺に聞かれても困るなぁ……けど、お菓子食べながら雑談するってのもいいと思うな」
「さすが、名案かもです」
俺の提案に綾乃は頷く。
そうしてしばらくは体育祭の話などで盛り上がりながら時間が過ぎていった。
「……そういえば、お昼のことなのですが」
そんな時、綾乃は急に神妙な面持ちで話を切り出した。
「珍しかったでしょう。私が感情を前面に出していたの」
「まぁ、そうだな。俺は正直嬉しかったけど」
「それはよかったです。まぁその、あんなことになったのを話しておきたいな、と」
「聞かせてほしい」
「それをすぐに言えるの、桐原そんの美徳です。それとすみせん。話しておきたいというより──桐原さんには知ってほしいと思っちゃいました。私のことを、全部」
隣で俺を見上げる綾乃を見つめ返す。
なんとも表せない表情で、吸い込まれるような感覚がした。
「──……私、昔から『かわいい』と言われ続けて育ってきました」
そうして、綾乃のこれまでの話を聞いた。
その内容からも俺を深く信頼してくれていることが分かったし、今までの行動にも、昼休みのことにも、納得がいく。
「すみません、こんな話」
「いいよ。綾乃のことを知れるのは嬉しいしな」
話を聞いた上で改めて、綾乃の中で俺の存在は必要なものだったのかもしれない。
綾乃を『クール美少女』として扱わない、その存在が。
「まぁその……だから、なのです」
「え……っと、何が?」
「──昔のことを思い出してしまったので、今日は隣にいてほしいのです」
綾乃は座り直して、俺との間隔を詰めてくる。
俺を求めてくれている意味がわかったからこそ、守りたいと、そう思った。
そんなかわいらしい綾乃の頭に手を伸ばして──その下の首元に指先をピタッと当てた。
「ひゃっ!?」
「お、いい反応」
「き、桐原さんっ!?」
「俺の前だけでもいいからさ、綾乃はもっと笑ってくれ。自分が笑えば、自分の気持ちも晴れる。その他のことは……」
俺はそこまで器用な人間じゃない。
だから──、
「俺が勝手に守らせてくれ。ちょっとキモいかも知んないけどさ、俺は綾乃のことを優先したい……いや、もっと一緒に過ごしたいなって思うしさ」
キザっぽいセリフになってしまい恥ずかしくなったので、目を逸らしてお菓子を口に放り込む。
それでも、俺の思いが綾乃に伝わればいいとなと思うな。
すると──
「……んあ?」
俺の左頬が押し込まれた。
綾乃の仕業だった。
「桐原さんってカッコいいですよね」
「……今ものすごくカッコ悪いんだけど」
「飽和してます」
「…………いる? それ」
「いらないけど、なんとなく触りたかったです」
──……触りたかった、だなんて。
そういう誤解することを言わないでほしい。
同じことを横腹にやり返してみると、「ひゃわぁっ!」とまた面白い声を出した。
「お、女の子のお腹に触るのはダメですよっ」
「綾乃にしかしない」
「私でもダメですっ! 本当に嫌な子だっているんですからね!」
言いながらポコポコと俺の足を叩く。
ごめんごめん、と笑いながら離れると、「私もしちゃいます」と言って俺の横腹をつつかれる。
「っ、はは! 思ったよりくすぐったいかも」
「あら、珍しい。そういう笑顔も好きです」
耐えきれず口を開けて笑ってしまうと、綾乃はここぞとばかりにつつき続ける。
ここですか? と探ってくる姿は愛おしい。
健気にイタズラしてくるのだから、ずっと眺めていたかった。
しかし……身体を触られるというのはなかなかに耐え難くて。
「ちょ……綾乃ストップストップ」
「……楽しいのでダメです」
「綾乃!?」
訴えても止めてくれない。
楽しんでくれているのは非常に嬉しいのだが、さすがにマズい。いろいろと。
俺は直接訴えるため、左手を綾乃の背中に回して止めさせようとした。
…………が。
「ひゃ……っ、ぁ」
しかし、なんとなく察していたが、異性に身体を触られること自体にまったく耐性がない綾乃は、ビクンと身体を震わせ──、俺にちょっかいをかけるために前傾姿勢だったこともあり、バランスを崩してしまった。
反対側に倒れると危ないと思い、とっさに綾乃を引き寄せる。
ボスっ。
そして──膝枕のように綾乃の頭が俺の足に乗った。




