第18話 体育祭開始とお弁当
「いやー、セットしてる蒼汰くん初めて見たけど、やっぱり全然印象違うね」
学校に辿り着いた。
体育祭の開始まで少しだけ時間があるので、席が近い者同士という免罪符で俺たちは固まっていた。
普段は今も、挨拶以外で関わりはない。
誰に対しても深くは関わらない綾乃の姿勢は一切変わらず、学校では俺も同じだ。
それに、綾乃といるだけでクラスの視線を集めてしまう。
柊や胡桃はもとの人当たりの良さのおかげで問題ないが、俺に対しては人一倍妬みのこもったものであったが……まぁ、しょうがないか。
「なんか……落ち着かないんだが」
「安心しろ。いつもよりイケメンだからな」
「カッコいいじゃーん!」
「いや、お前らにやってもらったんだからそこは心配してないんだけど」
目頭あたりでシースルーセンターパートに整えられた髪。
スプレーでしっかりと固めるのも久しく、視界がよく晴れるのにもなかなか慣れない。
「あらやだ、素直に気持ちを伝えられるのねっ」
「お兄ちゃん感動しちゃう……っ!」
「誰だよ気持ち悪いな」
「でも、実際よくお似合いですよ?」
「それは……ありがとう」
「照れんなってー」
「うるせえ」
綾乃に褒められると調子が狂う。
嬉しいのはもちろんなのだが、柊や胡桃とは違って恥ずかしくなる。
「午前中って誰か競技あるんだっけ?」
「たしか俺だけじゃないかな」
そういや、と思い出したように話を振ってくる。
桐谷高校の体育祭は、午前に多くの競技をして、昼休憩を挟んだあとリレーなどの人気種目で有終の美を飾る形のスケジュールになっている。
俺を除く三人は男女混合リレーに出るし、柊と胡桃はブロック対抗リレーにも出場予定のはずだ。
どちらも午後の部の種目である。
「せいぜいあがきたまえ、若者よ」
「誰だよ」
「オレたちもお前の弁当楽しみにしてるから」
「せめて応援してくれよ」
ボケ倒す柊にくすっと笑う綾乃。
そこでチャイムが鳴り、俺たちはグラウンドに向かった。
◇ ◆ ◇
「体育祭とは素晴らしい。出場せずとも、観戦するだけで趣があるのぅ……」
午前の部が終わった昼休み。
俺たち四人は柊の机を囲むように椅子を持ってきて集まった。
「まじで誰だよ。あと趣とか使うな」
「そうかそうか、つまり君はカッコいい言葉を使いたがりの奴だったんだね」
「胡桃、国語の英雄の真似はしなくてよろしい」
「え、えっと…………」
「綾乃は無理してボケようとしなくていいからな」
「おい、綾乃さんに対してだけ優しすぎないか」
「男女差別はんたーい!」
「胡桃は女子だろうが……柊と胡桃がボケすぎなだけなんだわ」
ツッコミに疲れつつ、バッグから弁当を取り出す。
三人も、量以外は同じ中身の弁当を机に広げる光景はなかなかに面白かった。
親もこんな気持ちなんだろうか。
「うっほ、改めて美味そうすぎるだろ。一個分けてもらったりはあったけど、ちゃんと食べるのは初めてだな……綾乃さんは違うだろうけど」
「うちは完全初見ってやつだね……すーちゃんは違うんだけど」
「……わざわざ言わないでください。そりゃあ、私はたくさんいただいてますけど」
からかいの対象が俺から外れると、綾乃は少しふてくされたような声色で肯定した。
表情がさほど変わらないのは学校だからなのだろうが、感情豊かな綾乃を知っているので、少し物足りなく感じる。
そんなことを思ったとて、どうにもならないのだが。
「それじゃ早速……いただきます」
律儀に手を合わせてから、唐揚げを一つ箸でつかむ。
弁当に入るギリギリと詰めた大きさ。醤油やニンニクで味付けした少し濃いめの味付け。
俺と同じで、濃厚な味が好みの柊にだけ入れたものだ。スマホで聞いたときに「食べたい!」と言われた。
よほど食べたかったのだとしたら、嬉しいな。
柊と言えども一口には到底収まらない肉にかぶりつく。噛みちぎり、咀嚼したのち────柊は分かりやすく目を輝かせた。
「…………うっま」
「しみじみと言うなよ。あんがと」
わざとらしく叫ばれるより、よっぽど嬉しい。
照れないよう、悪態をついて返しておく。
「うちもいただきまーすっ!」
胡桃はポテトサラダから口に運んだ。
綾乃のお墨付き料理、喜んでくれるだろうと自信を持っていると、
「え、おいし……蒼汰くんプロ?」
「プロナメんな。けど、綾乃も美味いって言ってくれたやつだから自信はあった」
「かわいいじゃん」
「俺は胡桃と言えど、一発は殴れる」
「こわいし、朝に身を持って理解したばっかなんですけど! けどほんとに美味しいこれ!」
感想はそこそこに、二人はどんどん食べ進めてくれる。
作り手冥利に尽きるな、これは。
「よかったですね、桐原さん」
「ん? 何が?」
「とっても嬉しそうな顔をしていますよ」
一瞬家で見せる柔和な笑みを浮かべる綾乃。
自分の顔を軽く触れると、たしかに口角が上がっているような気がする。
「気のせいだ」と言おうと口を開くが、空気を波打つ前に閉ざす。
「──……あぁ、すごく嬉しいよ」
気づいた時には、本音を幸せの渦に投げ込んでいた。その先には柊と胡桃がいて、二人は目を合わせると。
「素直でかわいいじゃーん!」
「ちょ、オレらのこと好きすぎるって」
「うるせぇ……」
ニヤニヤとしながらからかってきた。
俺が無言の羞恥を味わうことがないようにしてくれたことは分かったので、これ以上は何も言わないけど。
そうして幸せな時間を過ごしていると、
「これ、今話題の桐原弁当ですかい?」
クラスの男子数人が近寄ってきて、覗き込んできた。
俺はほとんど話したことがない人たちだった。綾乃は一瞬にして表情を変え、普段の無表情になる。
「うお! 全員同じじゃん! ってことは全部お前が作ったのかー」
「すげー、嘘じゃなかったんだな! 綾乃さんがずっと食べてるってのも本当なのか?」
「──そそ! 全部蒼汰が作ってくれたんだぜ!」
一瞬俺に視線をよこした柊は、普段の調子で男子たちの会話に混ざる。その後胡桃も会話に参加してくれた。
一見何事もないただの雑談。
しかし柊がくれた視線は鋭いものだった。
言葉からわずかに感じる嫌な雰囲気。
綾乃を会話に引きずり込もうとする強引さ。
正直、意図が丸見えだった。
「ねー綾乃さん、俺にもちょっと分けて!」
「おうおう。これは俺らのもんだ。絶対あげねー!」
「ふふ……うちたちはちゃんと頭を下げてだね」
「嘘だー」
柊と胡桃からは、さり気なく綾乃に近づかせないように、そして追い払おうとする意思を感じた。
しかし、そんな中────
「綾乃さーん、これくらいのお弁当だったら俺も作れるからさ、今度食べない?」
一歩踏み込んできた男子生徒の言葉。
さすがに止められなかった柊と胡桃は、フザケながら断ろうと話し始めるが、
「このくらい、ですか?」
それは、冷徹になった『クール美少女』の声によって遮られた。
俺も初めて聞く声。だけど、すぐに分かった。
あぁ、キレてるな、と。




