第12話 イメチェン桐原さん
「昼休みって、休み時間なんだよな……」
大量の男子たちに囲まれながら俺はため息をつく。朝はなんとか逃げられたが、昼休みは始まってすぐに包囲されてしまった。
「は? 知らんが?」
「おいおい、綾乃さんとの関係を吐き出す……話してもらうまでは解放しねえぞ?」
「オレの、オレの綾乃さんが……っ」
お前のではないだろ。
一方の綾乃は、俺とは対極の位置である窓際後方で、クラスの女子たちに囲まれていた。
おそらくは俺と似たような状況にあるのだろう。
「え、まじで晩飯一緒に食ったん?」
先陣を切ったのは、俺の後ろから肩に腕を乗せている柊であった。
お前はせめて俺の仲間であってくれよ、と思いつつ答える。
「まぁ、うん……そうかもしれないな?」
「で、襲ったってわけか」
「襲ってねえよ。偏向報道やめなさい」
夜を少しだけ共に過ごしただけで襲うような男になるつもりはない……って、わざわざ言葉にするほどのことでもないが。
俺も思春期の男なのだから思うところはあるけれど、綾乃だって一人の女の子なのだから。
恋仲にあろうとなかろうと、丁寧に接するのは当然だろう。
「いや……ついてる?」
「あのなぁ」
もう少し自重というものを知ってほしいものだ。
「いやだって、あのクール美少女と二人で飯食ったんだろ? そんなの『何も起こらないわけもなく……』じゃん」
「んなことない」
「いやいや、それは無理がある」
無理はないだろ。
とりあえず「付き合ってない」ことと「何もなかった」ことを言い続けて、この場はなんとか切り抜けた。
代わりにヘタレだとかのレッテルが貼られてしまったが。
◇ ◆ ◇
「え、今日は一緒に走る?」
その日の夜、ジャージ姿で出迎えた俺に、綾乃は驚くように俺の言葉を反芻した。
「ちょっと、精神的に疲れたから肉体も疲れさせようかなって」
「あー……お昼休みの」
俺の言っている意味がすぐに思い当たった綾乃は、諦めるように笑いながら頷く。
昼食をとる時間も与えてくれず、ひたすらに質問攻めにあったので、気持ち的にはかなりまいってしまった。
「それはゆっくり休んだ方がいいのでは?」
「疲れには過度な疲れをプラスしてだな。死んだように眠るのがいいんだよ」
「あまり良くないと思いますが。それに、死んだように眠られると私が心配するのでやめてください」
「そりゃあ役得だなぁ」
「叩かないといけなくなります」
「他の起こし方はないんか」
くすくすと笑う綾乃。
クラスの男子たちには絶対に言いたくない姿だ。
「しかし、一緒に走るのはダメでしょう?」
「変装すればいいだろ」
「それが許されるのは創作の世界だけですよ」
「いやでも、メガネ外して髪もセットしたらだいぶ印象変わるだろ。どっちも高校で変えたことないし、誰にも分からんって」
俺は基本、下ろしただけの髪に太いフレームのメガネをつけている。
コンタクトの方が印象良く見えることや、髪もある程度いじっていたほうが垢抜けるとも思っている。ただ単に、めんどくさいからしてないのだ。
顔立ちは両親のおかげで悪くないと思っているが、しかし良いとも思わない。それに女子ウケを狙いたい訳でもないので、高校では一度もセットしていない。
「……試しに私に見せてください。一緒に走るかどうかはその後です」
「なんで俺は審査されるの」
「……バレないために?」
「まぁそれはそうか。んじゃ、ちょっと待っててくれ。ちょうど準備中だったんだ」
少しの間、綾乃には俺の部屋の中で待ってもらうことにした。
まぁ十分も掛からないと思うが、待たせるのは嫌だしなるべく急ぐか。
そして、十分足らず。
「お待たせ。待った?」
「なんでデートの待ち合わせみたいなこと言うんですか」
リビングでスマホを見ていた綾乃が振り返る。
以前俺が躊躇ったことを簡単にツッコんでくるなと少し呆れた。
コンタクトをつけ、ワックスでふんわりと無造作マッシュにしただけだが、クラスで一番の『クール美少女』にチェックされるのは少し恥ずかしい。
綾乃は俺をまじまじとみつめる。
俺の前に立ち、見上げるように顔をのぞき込んでくる。
「……そんな近くから見たら意味なくない?」
覗き込むにしても、近すぎる。
せっかくセットした髪もほとんど見てえてないくらいだし、綾乃の香りが僅かにしてきて居心地が悪い。
前を向くと綾乃の顔が視界を占領するので、なんとか少しでも余白を作ろうと目をそらす。
「…………ダメです」
「えっ、ダメ?」
「今日は外に出るのもダメです」
「一人で走るのも?」
「……ダメです」
「えぇ……」
想像の数倍厳しい感想だったので、さすがに少し落ち込んでしまう。
そんなにか…………。
「あ、でも、私が帰ってきてもそのままでいてください」
「それこそなんでだよ……」
「なんで、というのは……ちょっと申し上げにくいですが……」
綾乃がくるりと向きを変え玄関に向かう。
ポニーテールが優雅に揺れた。
「そのほうがよっぽど、私はかっこいいと思いますよ?」
がちゃん、と。
俺が正気に戻ったのは綾乃が部屋を出てからだった。
「全部申し上げてるだろ…………」




