第10話 妖艶クール美少女
「すみません。部屋着でもいいですか?」
「いいと思ってんのか」
「えっ」
「……冗談だ」
冗談なわけないだろうが。
失礼します、と透き通った声で述べて俺の部屋にあがる綾乃に口には出さないがツッコんでおく。
俺がつい言ってしまったのも、それ相応に可愛すぎるのがダメだと思う。
部屋着というには薄すぎる無防備すごるそれは、ふわふわの上下セットの服で、白のショートパンツと長袖。学校ではスカートとタイツで隠され、家では長ズボンで見えなかった生足が、今は否応なく見せつけられる。
それに、お風呂上がりというという最大の難点が加わっている。
普段よりも艷やかな黒髪。さわり心地の良さそうな肌……いや、触るわけじゃないけど。
シャンプーなのかトリートメントなのか、ヘアオイルやヘアミルクなのか。甘い香りが俺の鼻をかすめるように撫でていき、部屋を満たしていく。
「あ……お魚さんのいい香り」
「やっぱり食いしん坊キャラでいくのか?」
「い、いきませんし、食いしん坊ではないです……もん」
……とりあえず俺は、平然を振る舞うことに最善を尽くそう。
少しでも気を抜いたら理性が効かなくなりそうだ。
「せっかくならタンパク質も取れる食事構成にしようかなと思って」
「なんと……」
「今日はびっくり、アジの半身の塩焼きと卵スープだ。贅沢だろ」
「和と洋、最高の組み合わせですね」
「まぁ、買い物行くの面倒くさくて使っただけなんだけどな」
「正直に言っちゃうんですね」
綾乃はくすくすと笑う。
平素通りの動きなのに、部屋着……というかパジャマのせいでドキドキしてしまうのだからズルい……。
「あの……」
「ん?」
「ほんとに、本当に食いしん坊ではないのですが……お腹が空きました」
綾乃のお腹が小さく鳴る。
初めて話した時はすぐに顔伏せてたっけ? たった数週間で正直に訴えかけてくるようになったものだ。
……もうちょっと抑えてくれないと俺がいろいろときついんだけども。
ちょうどよく焼けたアジをグリルから取り出す。
綾乃と一緒に夕飯の支度を終わらせて、テーブルについた。
「いただきます、桐原さん」
「はいよ」
箸を持って手を合わせる綾乃。
いつもの光景が、風呂上がりと部屋着というだけでちょっぴり幸せに感じるのだから俺は安い人間なんだろうな。
いや、綾乃のリラックスした姿を見れるのだから、もしかしたら重罪人なのかもしれない。
「ん……身体が修復されます」
「特殊な感想だなおい」
「そのくらい美味しいってことです」
「……わざわざ説明しなくても分かってるよ。俺だって察することくらいできるから」
「子供扱いしたわけじゃないです。もう、面倒くさい人ですね」
「もともとこういう性格だ」
最近は綾乃のせいで調子が狂っているだけだ。
「そういえば、今日は桐原さんもお風呂済ませているのですね」
「お前がいつになるか分からなかったからな」
「そうですか……そうですよね」
少し詰まったように答える綾乃。
風呂上がりの綾乃と会うのに俺も風呂に入っておかないと失礼かなと思っての行動だったが、何か変なことを言っただろうか?
「いえ、忘れてください」
「先手を打つな。何かおかしかったか?」
「あまり掘り返さないでください」
「なんでだよ」
「私が恥ずかしくて死んでしまいます」
「んな大袈裟な」
今回は顔が赤くなることなく言うものだから、本気なのが伝わってきてなんだか笑ってしまう。
「それでも言いなさい」
「……今の笑いって許されたことじゃないんですか?」
「気になるから許さない」
「やっぱり、桐原さんはいじわるです」
「いじわるな俺は、教えてくれないともっといじわるなことするかもなぁ」
からかい、笑いあったところで話題は切り替わった。
夕飯を食べながら談笑をするだけで時間がすぎるという至福の時を過ごす。
「お片付け、どうします?」
「んー、あとで俺がやっとくよ」
最近の綾乃は俺の食事を貰う代わりとして、勉強以外にも家事も少し手伝ってくれる。正直、恥ずかしさよりもありがたさが勝つので嬉しい限りなのだが、俺の家にいる時間が増えることだけ悩みだ。
「ありがとうございます。今日もとっても美味しかったです。それでは、また明日学校で――」
「ちょっと待て」
そさくさと帰ろうとする綾乃を引き止める。
既に玄関に向かっていた綾乃だったが、背中越しでも分かるくらい大きく肩をビクッと震わせた。
「な、なんですか」
「いや、飯食ってた時のやつ結局何言おうとしてたんだ?」
「……その話はもう終わったのでは?」
「俺が気になりすぎて寝れない」
「そんなにですか」
「いじわるするぞ」
「……いじわる」
「どんな言葉のキャッチボールだよ。今そう言ったろ」
対抗してくる綾乃だったが、決して俺の方を振り向こうとしない。
なんだ? そんなに言い難いことを言おうとしてたのか?
そんなに無理強いをするつもりはないので、素直に引き下がろうとすると。
「――……るの、ですか?」
「え?」
「もし言わなかったら、どんないじわるをするのですか……?」
綾乃は頭だけ僅かに後ろに向けた。
真っ赤な耳の横には、困ったような眉を浮かべながら湿った瞳で見つめてくる綾乃の顔が覗ける。
『いじわるな俺は、教えてくれないともっといじわるなことするかもなぁ』
「……っ」
ほんと、ずるい人だな、と思う。
綾乃の目を見ることは今の俺にはできず、若干そらしながら聞き返してみた。
「いじわる……してほしいのか?」
「…………それがいじわるです」
「そ、そうか」
無言の時間が流れる。
なんとなく言葉を発するのも恥ずかしくて、口を開いては音にならない声で鳴いて唇を閉じてしまう。
どうしたものか、と首に手を当てて気を紛らわす。
ちらりと綾乃を見れば、綾乃はばっと髪を振って前を向く。
どうしようもなくいじらしくて……かわいかった。
「も、もういいです。話しますから」
「俺は別にいじわるしてあげてもいいけど」
「よくないです。蹴り飛ばします」
「えぇ……」
冗談を言って少し空気を和らげておく。
そうじゃないと、俺が耐えられない。
「わ、笑わないでくださいね」
「笑わないよ」
「その……、私がお風呂に入ってからこの部屋に来る時に限って、桐原さんもお風呂に入っていましたので、あの、えっと…………へ、変な気があるのかな、と思ったりしてしまって」
「…………ッ! ……お前は、ほんとに」
「す、すみません! おやすみなさいませっ!」
綾乃は走って俺の部屋を出ていった。
その後しばらく立ち尽くしてしまったあと、ソファに深く座った。
クッションを胸に抱き、両足をソファに乗せてクッションを抱くように顔を埋めた。
「――…………ほんっとに、もう」
どれだけ顔を埋めても、甘いあまい香りはいつまでも俺を包み込むばかりで、しばらく熱が逃げそうになかった。




